2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

コンダクタンス法を用いた血管内径および血管壁性状評価の試み

研究責任者

松原 広己

所属:岡山大学 医学部 循環器内科学教室 助手

共同研究者

今岡 丈士

所属:岡山大学 医学部 第二生理学教室 大学院

共同研究者

伊藤 治男

所属:岡山大学 医学部 第二生理学教室  研究生

共同研究者

菅 弘之

所属:岡山大学 医学部 第二生理学教室 教授

概要

1.はじめに
循環器領域では、冠動脈狭窄度評価のため直径が2~4mm程度の冠動脈内径の計測が非常に重要な課題である。臨床現場では、1~2方向の冠動脈造影からその内径を評価するのが一般的だが、多くは目測による主観的な評価に頼っているのが現状である。ドプラワイヤーやワイヤー型のマノメータ等も冠動脈狭窄度の評価に用いられ始めているが、これらはそれぞれ冠動脈血流速あるいは内圧を計測する手法であり、冠動脈狭窄度を直接に評価することは不可能である。現時点では血管内超音波法(Intra Vascular Ultra Sound ;IVUS)のみが唯一冠動脈断面積を直接計測可能な手法であるが、原理上一断面の情報しか得ることができず、狭窄度を評価するためには冠動脈造影所見と照らし合わせながら適切な位置にエコー探触子を移動させなければならない。その上、IVUSは構造上細径化に限界があり、ある程度以上に狭窄が進行していた場合は病変部を通過させること自体が困難となる。
1984年、J. Baanらによって開発されたコンダクタンスカテーテル法(以下コンダクタンス法)は、時々刻々変化する容積値をリアルタイムで簡便に計測することが可能な方法である1)。伊藤らは細径のコンダクタンスカテーテルを用いてラットの心室容積を計測し、コンダクタンス法で小容量の容積計測が可能である事を報告した2)。このコンダクタンス法を応用すれば、血管断面積や狭窄率を同時に計測することが可能であると考えられる。これまでコンダクタンス法の血管容積測定への応用はD. A. Hetrickらによって報告されている3)4)。彼らは8フレンチ(直径2.7mm)のコンダクタンスカテーテルを用いて、直径5~10mmの比較的大径の血管を対象に計測をしている。本研究の目的は、冠動脈の狭窄率測定を念頭におき、より小径の血管を対象としてコンダクタンス法による血管径計測を試み、その有用性と問題点を明らかにすることである。
2.研究内容
1)理論的背景
コンダクタンス法は、先端に数極の電極を等間隔に埋め込んだカテーテルを心血管腔内に留置し、両端電極間に交流微弱電流を流して中間電極の隣接ペアでそれぞれのコンダクタンス(G(t))を計測することにより、心血管腔の瞬時々の容積(V(t)(cc))を計測する目的で、既に臨床応用もされている手法である。この際、次式のようにして内腔容積が算出される。
ここに、Cは比例定数、ρは血液抵抗値(Ωcm)、Lは測定電極間の距離(cm)、Gpはパラレルコンダクタンスである。今回の研究で対象とする血管腔は、基本的に円筒形と考えられるので、式(1)で求めたV(t)をLで除することにより、式(2)のごとく測定電極間における平均断面積(A(t))を計算することが可能となる。
これが今回の研究の理論的背景である。
2)実験方法
使用したコンダクタンスカテーテルはポリエチレン製、太さ3フレンチ(直径1mm)で、プラチナ電極を6極取り付けた(図1)。両端電極間(電極間距離12mm)に20μA、周波数20kHzの定常交流電流を駆動させ、中間の4電極を測定電極とした。今回の実験では、測定電極の中で中央の2電極間(電極間距離3mm)で得られたコンダクタンス(図1中のG2)を用いた。コンダクタンス法で面積を計算する際には、比例定数Cを、これまでの報告通り1と仮定し2)、管内部は生理食塩水で満たしたためρ=55Ωcmとした。またコンダクタンス法で得られる測定値にはカテーテル自身の面積が含まれていないため、相当値(0.052×πcm2)を加算して補正した。
真の血管断面積を測定するために、IVUS(Hewlett Packard社製SONOS intravascular, SPY3フレンチ,30MHz)を使用した。チューブ最内面あるいは血管内膜面をトレースし、囲まれた部分のピクセル数から面積を算出した。管腔内径は、コンダクタンス法、IVUS共得られた断面積を円と仮定し、直径d=2×(A(t)/π)1/2として算出した。
2-1)ファントムモデルでの実験
直径2~10mm(1mm毎)のシリコンチューブを用意し、コンダクタンスカテーテルをチューブ断面のほぼ中心に位置した場合と壁面に密着した場合のそれぞれで断面積を計算し、IVUSを用いて測定した断面積と比較した。シリコンチューブは電気的絶縁体であるため、パラレルコンダクタンス(Gp)は0と考え、式(2)より断面積Aニ1×55×0.3×G2+0.052×πとして計算した。
2-2)in vitroでの実験
雑種成犬4頭(11~27kg、平均19,5kg)を麻酔後、大腿動脈を8~10cm露出し、分枝をすべて結紮し、両端をカニュレーションした後切り出した。摘出した血管を特製の装置(図2)に装着し、内圧を任意に増減することにより血管径を変化させて、コンダクタンス法とIVUSでそれぞれ測定した血管断面積及び直径を比較した。摘出血管は空気中に固定したためGpは十分小さいと仮定し、断面積はファントムモデルと同様Gpニ0として計算した。
3.結果
3-1)ファントムモデルの実験結果(図3)
コンダクタンス法による断面積とIVUSによる断面積を比較すると直径2~4mmのチューブにおいてはカテーテルの位置に関わらず、ほとんど差を認めなかった(図3-A)。しかし直径4mm以上になると次第にコンダクタンス法が過小評価する傾向があり、徐々に差が大きくなった。この傾向はコンダクタンスカテーテルが壁に密着している場合、さらに顕著であった(図3-B)。断面積から求めた直径においても同様の結果が得られたが(図3-C,D)、断面積における場合よりも回帰直線の傾きは1に近かった(図3-D)。
3-2)in vitroの実験結果(図4)
摘出した大腿動脈の直径は、内圧変化(30~120mmHg)に応じて約2.3~4.0mmの範囲で変化した。直径が3.Smm以下で変化した血管の場合、コンダクタンス法とIVUSによる面積値はほとんど差を認めなかった(図4-A口0◇)。しかし直径3.5mm以上で変化した場合、コンダクタンス法の方が面積を過小評価する傾向が認められた(図4-A△)。断面積から求めた直径においても同様の結果が得られた(図4-B)。△の場合はy切片が大きくなったが、直径3.5mm以下の範囲のみで計測できた3例(口○◇)に限ってはy切片は常に正で、その平均値は5.71×10-3cm2(2.63×10-1mm)と非常に小さい値であった。
4.考察
コンダクタンス法の血管容積測定への応用はD. A. Hetrickらによって報告されている。彼らは、直径5~10mmの比較的大径の血管を対象としており、ソノマイクロメーターを動脈の外膜に装着し得られた直径から算出した動脈容積を、8フレンチのコンダクタンスカテーテルを用いて測定した容積と比較し、比較的良好な相関を得ている3)4)。
今回、我々は更に細径の血管を対象とし、その面積及び管径測定を目的とした研究を施行した。ファントムモデルの実験から、現在の仕様のカテーテルを用いたコンダクタンス法では、管径が直径4mm以上となるとその面積を次第に過小評価する傾向があり、その傾向はカテーテルの位置が壁に密着している方がより大きい事が明らかとなった。直径4mm以上の場合、現在採用している駆動電極間距離(12mm)では、管内に均一な電場を形成できなくなってくることが最大の要因と考えられる。しかし、管径が直径2~4mmの範囲においては、現在の仕様でカテーテルの位置に関係なくほぼ正確な面積を測定可能であることが判明した。従って、実際の冠動脈径測定に際しては駆動電極間距離は現仕様の12mmで十分であると推測される。
摘出血管の場合、実際にはカテーテルの位置の調整は困難でありほとんどのケースでコンダクタンスカテーテルは血管壁に密着した状態であった。ファントムモデルの実験結果より、直径が2~4mmの範囲での測定値はカテーテルの位置に依存しないため、摘出血管での測定値も信頼できると考えた。実際は、直径3.5mm以上になると、コンダクタンス法で面積を過小評価する傾向が認められ、ファントムモデルと比較するとその高精度の範囲が若干狭くなった。しかし、直径にして0.lmm程度の過小評価であり実際の臨床現場においては測定誤差とも考えられる範囲である。
図4に示すグラフにおけるそれぞれの回帰直線のy切片は、Gp成分を示していると考えられる。今回は空気中に摘出血管を固定したため、Gp成分は血管壁のみのものと考えられ、無視しうる程小さいものであった。しかし今後in situで血管面積を測定する際には、駆動電流が血管外組織に漏れ出ることで発生するGp成分の割合が大きくなることが予想され、この成分を如何に割り出し、真の血管内面積を算出するかが最大の問題点となる。また、今後狭窄部の血管面積測定を施行するためには、更なるカテーテルの細径化や、最適な駆動電極間、測定電極間距離の決定なども含めたハード面での改良が必要である。
5.まとめ
コンダクタンスカテーテル法を応用して、摘出細血管の面積測定が可能であった。今後、ソフト、ハード両面における更なる改良を進めて、冠動脈断面積、狭窄率測定が可能なシステムを構築していく予定である。