2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

コスモス理科実験講座:最先端の放射線医学を学ぶ(初年度報告)

実施担当者

柏葉 伸一

所属:宮城県宮城第一高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 東日本大震災の際の福島原発の事故を契機に,私たちの放射線に対する関心は非常に高まった。宮城県は福島原発に近く,事故の影響を受けたこともあり特に関心が高い。しかし,高校で放射線を学ぶ機会は,物理基礎や物理の一部に限られ,高校生の放射線についての科学的な理解は十分とはいえない。また,これからの日本を担っていく高校生にとって,科学技術がどのように私たちの生活を支えるのに役立っているのかを理解することはとても重要である。
 以上のことから,高校生が放射線に関する正確な知識を身につけ,さらに放射線が特に医学の面でどのように利用されているかを学ぶことができる研修を企画した。
 今回は,千葉県千葉市稲毛区にある独立行政法人放射線医学総合研究所において,宮城県内の理数科を設置している3校(宮城第一高等学校,仙台第三高等学校,仙台向山高等学校)の高校1,2年生の希望者13名を対象に,放射線の専門家や医師による講義や実験・実習,および放射線の医学利用の最先端の施設を見学する2泊3日の研修を行った。


2.研修内容
講義1 放射線の基礎知識
講師 研究基盤センター
研究基盤技術部長 白川芳幸先生
 一般に混同されやすい放射線と放射能の違いを,電球を例としてわかりやすく説明していただき,光を出す能力が放射能に,光が放射線に対応することを学んだ。さらに,放射線が電荷を持った粒子(α線,β線,電子,陽電子,陽子,重陽子,種々の重イオンや中間子),電荷を持たない粒子(中性子),電磁波(γ線,X 線)に分類されることや,放射線崩壊(α 壊変,β 壊変),半減期,放射線の性質(透過力),放射線・放射能の単位について詳しく学んだ。

講義2 日常生活の放射線
講師 福島復興支援本部
副部長 吉田聡先生
 はじめに,公衆の年間被ばく線量は世界平均に比べて日本平均の方が多いが,それは日本では診断被ばくが多いためであることを学んだ。次に,医療以外の環境放射線が自然放射線と人工放射線に分類されること,そして自然放射線に対する宇宙線,大地放射線,ラドン,食品摂取からの寄与,人工放射線に対する核実験,事故等による寄与について学んだ。さらに福島原発事故での放射性物質拡散による空間線量率の変化や被ばく線量の評価,農作物や海産物などの汚染について学んだ。

講義3 放射線の医学利用
講師 重粒子医科学センター 病院診断課
画像診断室長 医師 吉川京燦先生
 まず,我々の生活の身近なところで,バスマットやガラス加工製品,コードの絶縁体などに既に放射線が利用され,さらに半導体やラジアルタイヤなどの製造や,ジャガイモの芽止め,医療器具の滅菌にも利用されていることを学んだあと,放射線の医学利用について診断と治療の両面について学んだ。診断面では,画像診断において,X線検査やX線CT,MRIなどの一般診断とPETやPET/CTなどのアイソトープ検査(核医学検査)の違いやそれぞれの特徴などについて詳しく学んだ。治療面では,リニアック,サイバーナイフ,ガンマナイフ,そして放射線医学総合研究所重粒子医科学センターの重粒子線治療装置(HIMAC)のしくみや治療の効果,そして現在導入を進めている回転ガントリーのしくみについて学んだ。高齢化社会に配慮し,健康寿命の延伸を目的として,負担が少なく,QOLの高い,そして三人に一人の死亡原因であるがんを根治する治療法が求められていることを学んだ。

講義4 放射線の人体影響
講師 人材育成センター 教務室
笠井清美先生
 放射線が生物に影響を与えるのは,エネルギーは小さい(例えばヒトの半数致死線量程度である 4Gy は熱量に換算すると身体を0.001℃上昇させる程度のエネルギーにしか過ぎない)が,生存に重大な部分である DNA に局所的に大きなエネルギーを与えるためであることを学んだ。そして放射線によるDNA損傷とその修復のしくみについて,さらに細胞周期による放射線感受性の変化,放射線の線質や線量の違いによる生存率への影響について学んだ。次に,放射線の人体への影響のしくみを学んだ。特に分裂能力の高い細胞(未分化な細胞)ほど放射線感受性が高いという「ベニゴニー・トリボンドーの法則」をもとに消化管への影響について学んだ。最後に放射線によるがんのリスクについて学んだ。

演示実験 目で見る放射線
 霧箱とサーベイメータを使った演示実験を通して,α線,β線,γ線,X線,中性子線の電離作用や透過力の違いを学んだ。
 霧箱による飛跡は,α線は太く短い直線となり,β線は細長い折れ線となった。γ線,X線,中性子線についてもそれぞれ飛跡を観察し,その特徴と理由について考察した。
 サーベイメータを使った実験では,身の回りに存在する自然放射線や遮蔽に効果的な物質について学んだ。

実習1 霧箱の作成
 簡易霧箱キットを各自で組み立て,放射線の飛跡を観察した。線源はコンクリートむき出しの地下室でコーヒーフィルターをつけた掃除機を5分間吸引したものを用いた。トリウム壊変系列やウラン壊変系列の放射性崩壊をもとに,なぜこのコーヒーフィルターが放射線源になるのかについても学んだ。

実習2 オートラジオグラフィー
 まずクルックス管で X 線撮影するレントゲン博士の再現デモ実験をとおして,オートラジオグラフィーの原理について学んだ。
 次に,昆布に含まれるカリウム 40 から放出される放射線を使ったオートラジオグラフィーを体験した。各自昆布を適当な形に切り,イメージングプレートにのせて露光し,切った昆布の形に像ができるのを確かめた。同じ昆布であっても条件によって濃淡ができることも分かった。
 さらに植物のオートラジオグラフィーの写真をもとに,植物中のカリウム40の分布や原発事故による植物中の放射性物質について考察した。また動物のオートラジオグラフィーについては目的とその方法について学んだ。

実習3 線源探し,汚染検査(スクリーニング)
サーベイメータの使い方について説明を受けた後,実習室の中にある線源を探す実習と人形を使って身体表面汚染を検査するスクリーニング測定の実習を行い,サーベイメータを用いて汚染箇所を特定する方法を学んだ。

実験1 放射線の性質
 サーベイメータを用いて,計数率(1秒間あたりのカウント数)の,線源からの距離による変化,遮へい体の材質による変化,遮へい材の厚さによる変化を測定した。
 その測定結果から,計数率が線源からの距離の2乗にほぼ反比例することの理由とそこから少しずれる理由を球の表面積や散乱による影響から,γ線は遮へい体の密度が大きく原子番号が大きい物質ほど遮へいする力が強くなる理由をγ線と物質との相互作用から,そして遮へい体の厚さを変える実験で鉛0mmと1mmの減衰の割合と1mmと2mmの減衰の割合が同じ1mmにもかかわらず異なる理由を線源から複数のγ線が放出されていることをもとにそれぞれ考察した。

実験2 空間線量測定
実習室の広い空間での線量測定をとおして,サーベイメータの指向性と広い空間では放射線量が線源からの距離の2乗に逆比例することを確かめた。

見学1 画像診断棟
 分子イメージング研究センターで,PET検査の方法とPET用分子プローブの開発・研究について説明を受け,PET装置の国産第1号機や薬剤の合成施設を見学した。

見学2 緊急被ばく医療施設
 患者の体表面汚染の有無や処置方法を診断するトリアージ室,患者の体表面汚染を除染する除染室,患者に対して医療処置を行う汚染患者処置室,体内に取り込まれた放射性物質を計測する全身カウンタなどを見学した。

見学3 重粒子線線がん治療装置
 まず動物用の放射線照射室内部を見学した。次に,重粒子線線がん治療装置(HIMAC)の模型を使い,そのしくみについて説明を受けたあと,イオン線源の装置を見学した。最後に新治療棟を見学し,これから導入される回転ガントリーの設置予定施設を見学した。


3.まとめ
 参加した生徒は,いずれも意欲的に講義や実験に取り組み,放射線についての知識が十分でなかった生徒も,この放射線医学総合研究所での講義や実習・実験,見学をとおして,放射線の基礎から医療への応用,放射能汚染の現状などについて学び,「放射線に関する正確な知識を身につけ,さらに放射線が特に医学の面でどのように利用されているかを学ぶ」という目的を十分に達成することができた。 また,さらに学びたい,調べたいという生徒の学習意欲や探究心も向上するなど,大変充実した研修であった。
 最後に,生徒の感想文を紹介する。
「私は今まで,放射線についてほとんど何も知りませんでした。ただ何となく,震災による原発事故の報道で,恐ろしいものというイメ ージでした。しかし,今回の研修で放射線医学総合研究所に行き,講義や実験をすることで,何となくはない,しっかりとした知識を少しは身につけることができたように思います。放射線は確かに恐ろしいところもあります。しかし自然の中にも放射線はあふれているそうです。そしてがんなどの治療にも役立っています。悪い面ばかりでなく,良い面にも目を向けて,正しく理解をすることが大切ではないかと,今回の研修をとおして思いました。」