2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

コスモス理科実験講座:最先端の放射線医学を学ぶ

実施担当者

柏葉 伸一

所属:宮城県宮城第一高等学校

概要

1.はじめに
 プログラム1年目の昨年度は,放射線医学総合研究所において,放射線についての基本的な理解のための講義,実験・実習と,放射線を医学利用している最先端の医療施設を見学する研修を行った。
 プログラム2年目の今年度は,放射線医学の研究とその応用について深く学ぶため,放射線医学総合研究所,東北大学医学部放射線診断科および東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンターの協力のもと,放射線医学の研究実習や病院で行われている放射線を用いた診断・治療の体験プログラムを加えた高度な研修を,1年目に引き続き宮城県で理数科を設置している3校(宮城第一高等学校,仙台第三高等学校,仙台向山高等学校)の高校1,2年生の希望者を対象として実施した。


2.研修内容
(1)講座1「最先端の医療を体験~腹部最小臓器・副腎へのアプローチとラジオ波治療~」日時 平成27年7月29日(水)
10:00~15:30
会場 東北大学病院
講座1では,講義で高血圧と原発性アルドステロン症の関係や東北大学で研究しているCTで見ながらラジオ波焼灼針を副腎腫瘍病変に刺して焼き切るという新しい治療法について学んだ後,画像診断や画像ガイド下治療の模擬体験の実習および施設見学を行い,放射線診断・治療の理解を深めるとともに,最先端の研究の一端に触れた。また医師や医学部生と直接話をする機会を設けていただき,進路意識を高めることができた。さらに看護師や放射線技師から病院や仕事についてお話ししていただき,医療は多くの人たちによって支えられ,チームワークやコミュニケーションが大切であることを学んだ。

・講義 高血圧の犯人を捜せ!-高血圧とホルモンの「あやしい」関係-
 高血圧症は放置しておくと脳卒中や心不全,腎不全を引き起こす命にかかわる病気である。日本人の4分の1から3分の1が高血圧症といわれているが原因の約8割はまだわかっていない。しかし,約1割がアルドステロンといわれる副腎皮質ホルモンが異常に分泌されることよる高血圧症「原発性アルドステロン症」であることがわかっている。アルドステロンは1953年に牛の副腎500kgをすりつぶしてやっと発見された。これまで腫瘍が片側の副腎にだけある場合は手術によって腫瘍のある副腎を取り除いていたが,取り除かなくてもよい治療法が開発されていることが紹介された。
・講義 女性放射線科医から~学ぶことの楽しさについて~
 放射線科の女性医師の先生から,大学病院の仕事には診療,教育,研究があること,現在研究している画像診断の研究内容,女性が仕事を続けていくために必要だと思っていること,学びについて考えていることなどを話していただいた。最後にこの研修で,放射線科の技術,設備,研究内容をたくさん見て,たくさんの先生,医学生と話をして,自分で考えて,意見を表明し,周囲の人と意見交換してほしいというアドバイスをいただいた。
・講義 腹部の最小臓器・副腎へのアプローチ
 原発性アルドステロン症の新しい治療法であるラジオ波焼灼法について話をしていただいた。この治療法はCT画像を見ながら副腎にある腫瘍に針を刺し,電流を流すことで腫瘍を焼く方法なので,手術後の傷が小さくて済むことや副腎を残すことができるメリットがある。さらに,この高度な治療を行うためには,腫瘍の位置や大きさなどを判断するためにCT画像や採血などで,慎重に診断していることなども話をしていただいた。
・見学 MR装置CT装置血管造影装置
 大学病院で実際に使われている放射線を使った診断装置を見学した。MRI装置の見学では磁場の強さを金属の棒で体験し,磁場がごく狭い範囲でとても強いことを理解した。さらに実際に画像を見ながら治療を行っているIVR-CT装置も見学した。
・実習
①模擬血管穿刺
 模擬血管を用いて,点滴をするために注射針を刺す体験をした。さらに血管が見えにくい人に対して,特殊な光を当てると血管が浮き出て見える装置を使って自分の血管を見る体験もした。
②鶏レバーを用いたラジオ波焼灼
 鶏レバーに針をあて,ラジオ波焼灼する体験をした。針の先の部分のレバーだけが焼けて変色するのがわかった。
③ファントムを用いた超音波による標的描出と穿刺
 乳房のファントムを用いて,超音波エコーでファントム内にある腫瘍を見つけ,画像を見ながら針で腫瘍を刺す体験をした。
④3次元CT画像診断
 パソコンを操作し,3D画像を拡大・回転・輪切りしたり,骨だけあるいは骨と血管だけの画像にしたりし,画像診断の体験をした。
⑤シミュレーターによるカテーテル治療
 大腿静脈から入れたカテーテルを,血管造影装置を見ながら大静脈を通ってふさがっている心臓の静脈まで到達させ,風船を膨らませることによって血管を広げるカテーテル治療の体験をした。

(2)講座2「放射線の医学利用~研究から応用まで~」
期日 平成27年8月3日(月)~5日(水)会場 放射線医学総合研究所 人材育成センター
 講座2では,昨年度に引き続き放射線医学総合研究所人材育成センターを会場として,昨年度の研修を発展させ放射線医学の研究とその応用について深く学ぶ研修を実施した。昨年度と同様の放射線の性質を理解するための講義や実験に加え,放射線が生物に与える影響についての講義や分子生物学の実習を行った。動物実験の講義では,放射線医学の研究における動物実験の役割と必要性,そして研究で命を扱うということ,命の大切さを学んだ。さらに放射線の医学利用の例として世界最先端の重粒子線がん治療装置HIMACを見学し,放射線を使った診断や治療の現状と将来性についても学んだ。

・講義 放射線の基礎
 まず放射線の基礎として,放射能と放射線の違い,放射線が電荷を持った粒子・電荷を持たない粒子・電磁波(光子)に分類されること,半減期,放射線の性質(透過力)などについて学んだ。次に,放射線・放射能の単位や測定方法について学んだ。最後に,放射線から身を守るために放射線防護の三原則「距離・遮蔽・時間」について学んだ。
・演示実験目で見る放射線
 霧箱とサーベイメータを使った演示実験を通して,α線,β線,γ線,X線,中性子線の電離作用や透過力の違いを学んだ。特にサーベイメータを使った演示実験では,身の回りに存在する自然放射線や遮蔽に効果的な物質について学んだ。
・実習 放射線の基礎実験
①放射線の遮蔽
 サーベイメータを用いて,計数率と線源からの距離,遮蔽体の材質や厚さを変えたときの計数率をそれぞれ測定する実験を行った。そして,その測定結果から,計数率が線源からの距離の2乗にほぼ反比例することの理由とそこから少しずれる理由,γ線が遮蔽体の密度が大きく原子番号が大きい物質ほど遮蔽する力が強くなる理由,遮蔽体である鉛の厚さと減衰の割合が比例しない理由についてそれぞれ考察した。
②オートラジオグラフィー
 まず始めに,植物のマクロオートグラフィーと実験動物(マウス)に放射性物質(RI)を投与して行う動物の凍結全身オートラジオグラフィーについて説明を受けた。その際,マウスの凍結標本やイメージングプレート像の観察を通して,RIの集積臓器について考察した。次に自然の状態でカリウム40が含まれている昆布や海苔,インスタントコーヒーの粉を使って植物オートラジオグラフィーの実習を行った。各自台紙に好きな形に切った昆布や海苔を貼り,必要に応じてコーヒー粉を振りかけて図形を作成し,それをイメージングプレートにのせて露光した。最後にコンピュータ処理して得られた像を考察し,昆布の厚さなど条件によって像の濃度が変わることや海苔やコーヒー粉は淡くなることがわかった。
・講義と実習 放射線の影響とDNA
 放射線過敏症状を示すATという病気の患者がごく稀にしかし世界中に存在する。ATはATM遺伝子の異常によって引き起こされることがわかっており,ATM遺伝子欠損マウスもやはり放射線に弱いことが知られている。講義で,DNAや遺伝のしくみ,PCRのしくみについて学んだあと,マウスのゲノムDNAの中からPCRによってATM遺伝子の一部だけを増やし,電気泳動によるDNAの可視化とゲルの撮影によって異常ATM遺伝子と正常ATM遺伝子を見分け,親の異常ATM遺伝子が子にどう伝わった考察する実習を行った。
・講義 放射線研究と実験動物
 まず放射線生物学の基礎として,放射線の生物作用(放射線障害)について学んだ。次にReplacement(代替利用),Reduction(使用数削減),Refinement(苦痛の軽減)の3つのRが倫理的な動物実験の基本理念であること,実験 動物としてマウスがよく使われる理由を学んだ。さらに放射線研究での動物実験の役割として,被曝量と障害の関係の研究,放射性物質の体内での動きや体外への排出方法の研究,新規薬剤の有効性の確認や画像診断技術の開発などがあることを学んだ。最後に動物実験を適正かつ円滑に遂行するための管理の方法について学んだ。
・実習 実験動物遺伝学実習-マウス蛋白の電気泳動-
 毛色も目の色も同じで見た目に区別がつかなくても血液中のヘモグロビンの型が遺伝的に異なっている場合,血液を電気泳動で分離することでマウスの系統を区別することができる。実習では,C57BL/6(毛色:black)とC3H(毛色:agouti)の2系統のマウスを使って,セルロースアセテート膜に系統の異なるマウス血液(ヘモグロビン)をスタンプし,電気泳動によって遺伝的な違いを調べた。
 さらに実験動物を適切に取り扱うために必要な手指の拭き取り検査の実習を行った。適正な動物実験を行うためには,動物飼育室は常に清浄な環境を保たなければならないが,汚染させる原因は作業者であるため汚染のリスクを最小限にするためには手洗いが重要である。測定機器を使ってATPの拭き取り検査を行い,ウェットティッシュの効果や手洗いの効果を確認した。
・見学 重粒子線がん治療装置(HIMAC)
 炭素などの重粒子を加速し,高エネルギーの粒子線を発生させてがん治療に利用する重粒子線がん治療装置(HIMAC)について,模型を使って原理について説明を受けたあと,イオン源発生装置や加速器の一部,動物用の放射線照射室の内部を見学した。

(3)講座3「最先端の医療診断を体験~PETの原理から診断まで~」
日時 平成27年8月10日(月)10:30~16:00
会場 東北大学 サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター
 講座3ではPETの原理と特徴を学び,最先端の医療診断を体験した。まず講義でPETの原理と得られた機能画像の解析の基本について学び,次に,がん細胞の位置を特定する同時計数測定実習やPET画像の診断実習を行った。さらに,PET診断用の薬剤をつくるためのサイクロトロンや薬剤合成装置,PET装置などを見学し,PET検査について理解を深めることができた。また,先生方や医学部の学生と直接話をする機会を設けていただき,医学研究や医療従事者についての理解も深めることができた。

・講義 PETの原理と特徴
 PETは陽電子(Positron)放出核種により標識された薬剤を体内に投与し,体内から放出される(Emission)1組の陽電子消滅光子の同時計測により,体内薬剤分布の断層像を得る方法(Tomography)である。この講義では,PETの原理やサイクロトロンのしくみ,薬剤合成,PET画像による診断方法などについて学んだ。さらにPETによるイメージング(機能画像)を使った最先端の研究を紹介していただいた。
・見学 サイクロトロン,PET装置
 PET検査用の薬剤をつくるためのサイクロトロン,薬剤合成装置,PET,PET/CT装置など,PET検査の画像ができるまで使用されている機器を見学した。
・実習 画像診断(PET,CT,MR画像)
 まずPET画像(全身)を,臓器模型を参考にしながら観察し,確認しやすい臓器と確認しにくい臓器があることとその理由を考察した。さらに,安静状態でも組織のエネルギー消費が多い臓器とその理由などについても考察した。次に,頭部のPET画像,CT画像,MR画像をそれぞれ比較しながら観察し,脳の内部を観察するのに適している画像とその理由などについて考察した。
・実習 PET同時計数の学習
 同時計数とポジトロンイメージングの原理について学んだあと,断層画像が得られるPETと平面画像が得られるPPISの二つのポジトロンイメージング装置で,棒の先端に取り付けた微弱な点線源を撮影視野内でゆっくりと動かし同時計数することでその軌跡を画像化し,同時計数やイメージング装置への理解を深めた。最後に全体で班ごとの画像を比較し,考察した。


3.まとめ
 最先端の放射線医学について学ぶ2年間のプログラムにより,生徒は放射線の基礎から医療への応用である放射線を用いた診断や治療の体験,放射線医学の研究についての講義や実験,見学などをとおして放射線医学についての理解を深めた。さらにこの研修に参加したことにより,自分の進路意識を高め,自分たちの学習意欲を高めるなど,大変有意義な研修であった。最後に参加した生徒の感想文を紹介する。
 「放射線医学という分野は,今までほとんど聞いたことのない分野でしたが,講座を受けてみて特に印象に残ったことがあります。CTやMRI,PETなどで,体を傷つけることなく細かい検査ができたり,ラジオ波などを使って,体を切ったりする負担を最小にしてがんの治療をすることができるということです。病気を正確に診断して体の負担を少なく治療を行う。まさに医療の理想をかなえるためにある医学なのだなと感じました。また今回の講座を通して,医師だけでなく,看護師,放射線技師など様々な医療関係者が医療を総合的に支えていることがわかりました。それだけでなく,基礎医学や様々な技術を支える人たちがいることもわかり,皆の力が合わさり,医療を発展させているということがわかったことは大きな収穫だと思います。これから人のために役立てるような職業を選ぶための大きな参考になったと思います。最後にお忙しい中時間を割いていただいた関係者の方に感謝いたします。」