2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

コウジカビ(Aspergillus属)のセルロース分解条件の解明と利用―酒造りの技術を応用したバイオエタノール生産の可能性を探る―

実施担当者

盛合 浩司

所属:富山県立富山中部高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 バイオマスからの効率的なバイオエタノール産生については、様々な角度からの研究が行われている。私たち高校生の研究発表会などでも題材としてよく取り上げられており、非常に注目される研究分野である。バイオマスからのバイオエタノール産生で最も困難なことは、その主成分であるセルロースの糖化であるが、本研究ではそれに伝統的な酒造りの手法を応用できないかと考えた。
 同様のテーマの報告が行われる際、ある微生物によるセルロース分解能だけが語られることが多い。しかし本研究ではセルラーゼの大量生産分泌に着目し、その際に日本伝統の技術である酒づくりの技術と、日本の「国菌」である麹菌が利用できるのではないかと考え、本研究を行うに至った。


2.仮説
 バイオマスからのバイオエタノール産生に必要なセルラーゼの大量生産には、日本伝統の技術である酒づくりの技術と日本の「国菌」である麹菌が利用できる。


3.今回の研究の目標
 麹菌がセルラーゼを産生することを確認し、また大量に産生する条件を探る。


4.材料および方法
(1)実験に使用した材料
・黒麹菌(Aspergillus luchuensis)
・セルロース粉末(以下 CP)
・カルボキシメチルセルロース Na(CMC)
・セルロースナノファイバーBiNFi-s(CNF)
・コンゴ―レッド
・セルラーゼ “オノヅカ” R-10
(2)培地
麹菌の培地の組成は以下のとおり。(CD培地)培地に加えるセルロースは(1)で述べた3種類であり、今後はCPを含むCD培地を「CP培地」、以下同様に「CNF培地」、「CMC培地」と記す。

(注:表/PDFに記載)※表


5.検証
【実験1】セルロースを含む培地での黒麹の生育
1)目的
 これまでの研究で、麹菌がデンプンを分解するとき、α化の度合いによって分解量が異なることを確認した。セルロースに関しても同様ではないかと考え、3種類のセルロースを分解基質として利用し、黒麹の生育状況を比較する。
2)方法
 分解基質として、3種類のセルロースを含んだCD培地を作り、それぞれの培地上に5か所、黒麹菌を爪楊枝で植えつけ、30℃で2日間培養し、コロニーの直径を測定して、その面積を算出した。
3)結果
 以下に各培地で生育した黒麹菌のコロニーの様子(Fig.1)と、培養2日目、4日目のコロニーの面積の平均値(Fig.2)を示す。

(注:図/PDFに記載)

セルロースの状態が、CP(粉末)およびCNF(糊状)、CMC(水溶)の場合で、コロニーの大きさに有意な差がある。

4)考察
 黒麹にとって,資化しやすいセルロースと、資化しにくいセルロースがある。セルロースは結晶状態より、水を含んだ糊状、または水溶性といった水に馴染んでいる方が資化されやすい。したがって、資化には、酵素反応が大きく関係していると考えられる。
【実験2】培養抽出液のセルロース分解能の検証
1)目的
 黒麹菌はセルロースを資化するため、セルラーゼを産生、分泌していることを確認する。
2)方法
 実験1で使用した3種類の培地を、増殖した黒麹とともに蒸留水で抽出、ろ過したものを粗抽出液とした。その液をCMC培地に20
μL滴下して2日間反応させた。さらに0.1%コンゴ―レッドで染色し、滴下した部分としていない部分の染色の差を比較した。
3)結果
 下図(Fig.3)は、CMC培地に0~2.0%セルラーゼを20μL滴下し、2日間反応させた後に0.1%コンゴ―レッドで染色したものである。色の薄い部分(透明環)は抽出液を滴下した部分と合致し、コンゴーレッドで染色されていない、すなわちCMCが分解された部分であることを示唆している。

(注:図/PDFに記載)

 Fig.4ではFig.3と同様の透明環が見られた。これらのことより、培地抽出液にはセルラーゼが含まれていることが明らかとなった。また透明環の大きさの平均値を測定した結果を以下の図(Fig.5)に示す。

(注:図/PDFに記載)

 Fig.5より、CNF培地で培養したものの抽出液は、他の培地よりも有意に大きな透明環を形成している。

4)考察
 黒麹菌はセルラーゼを産生しており、産生量は培地中のセルロースの状態によって異なる。CNF培地で最も多くのセルラーゼを産生していることは、実験1の結果と合致しており、セルロースが糊状の場合にセルラーゼ産生機構が最も促進されることが示唆される。これらのことより、バイオマス中のセルロースを糊状に加工することで、セルラーゼを効率的に生産できるといえる。しかし、今回の条件で培地から抽出されたセルラーゼの濃度は、対照群のセルラーゼ濃度に換算して0.5%に満たない。


6.まとめ
 以上の実験から、セルロースを糊状に加工したものを利用すると、黒麹菌による効率的なセルラーゼ産生ができることが判明した。つまり、日本の国菌である「麹菌」を用いてセルラーゼを生産させ、それを用いてセルロースを糖化するという、日本酒製造の過程を模したバイオエタノール作りが可能であることを示している。
 現在日本の酒蔵の数は減少の一途を辿っており、これは日本酒離れによる減収や後継者不足が原因と言われている。この方法を確立することができれば、酒造りがおこなわれていない夏や、現在稼働していない酒蔵を利用することで、新たなプラントを建設することなくバイオエタノール生産を行うことができるのではないだろうか。
 しかしながら今回の実験で得られたセルラーゼはまだまだ少なく、バイオマスを糖化するには不十分である。今後はセルラーゼの工業的生産を見据え、麹造りの工程により近い、以下のことをふまえてさらにセルラーゼ大量生産の道を探っていきたい。