2014年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第28号

ゲノム結合分子の網羅的同定方法の開発

研究責任者

藤田 敏次

所属:大阪大学 微生物病研究所 感染症学免疫学融合プログラム推進室 助教

共同研究者

藤井 穂高

所属:大阪大学微生物病研究所 感染症学免疫学融合プログラム推進室 准教授

概要

1. はじめに
遺伝子の転写は複雑に制御されており、その転写にはRNAポリメラーゼや転写因子のみならず、クロマチン構成因子やヒストン修飾などのエピジェネティックな制御機構の関与も知られている。また、遠方のゲノムDNA(エンハンサー、遺伝子座制御領域等)やノンコーディング RNA が遺伝子プロモーターと相互作用することで遺伝子転写を制御することも知られている。遺伝子転写制御機構の研究が進むにつれ、遺伝子転写制御機構の包括的理解には、クロマチン構造を出来るだけ保持したまま遺伝子発現制御が行われるゲノム領域を単離し、そこに結合する分子(DNA、RNA、蛋白質)を生化学的・分子生物学的に解析することの重要性が、次第に認識されるようになってきた。このため、世界的にその方法論の開発をめぐって競争が繰り広げられている。現在までのところ、解析対象とするゲノム領域に結合する分子の解析方法には以下が挙げられる。
(1) クロマチン免疫沈降法 (Chromatin Immunoprecipitation: ChIP) 法1)、2):既知の蛋白質が結合しているゲノム領域を同定する方法である。既知の蛋白質に対する抗体を用いて免疫沈降し、沈降してきたゲノムDNA 領域をPCR、マイクロアレイ、次世代シーケンシング等で同定する。既知の蛋白質が解析対象とするゲノム領域に結合することが分かっていれば、ChIP 法により、その領域を単離することが可能である。
(2) Chromosome Conformation Capture (3C) 法3)~5):ゲノム間の相互作用を検出する方法である。3C 法は、解析対象とするゲノム領域に結合する別のゲノム領域を、クロスリンク・制限酵素切断・ライゲーション・PCR の順で増幅し、マイクロアレイや次世代シーケンシング等で同定する。
(3) Fluorescence in situ Hybridization (FISH) 法:DNA やRNA に相補的に結合するプローブや抗体を利用するイメージング法である。FISH 法単独、もしくは蛍光抗体法と組み合わせることにより、解析対象とするゲノム領域と別のゲノム領域やRNA、蛋白質との相互作用が検出可能である。
(4) Proteomics of Isolated Chromatin segments(PICh) 法6):特異的な核酸プローブを用いて、解析対象とするゲノム領域を単離する方法であり、多数の繰り返し配列からなるテロメア領域を単離できることが示されている。
これらの方法は、広く分子生物学研究に利用されているが、いくつかの制限もある。例えば、ChIP法では、結合蛋白質に関する情報が無ければ、この方法は使えず、また、一般に、DNA 結合蛋白質はゲノム中の複数の場所に結合するため、ChIP法を用いて解析対象とするゲノム領域のみを生化学的に解析することは難しい。3C 法では、制限酵素やライゲースによる酵素反応を、クロスリンク下という非最適条件下で行わなくてはならないため、非生理的な相互作用(非特異的結合)を検出する可能性が高く、未知の相互作用の検出は難しい。FISH 方法は解像度が低く、また、未知分子との相互作用は検出できない。PICh 法は、クロスリンク下での核酸プローブと解析対象とするゲノム領域のアニーリングが必要であり、低コピー数の特定ゲノム領域の単離が可能か否かは示されていない。
このような状況の中、解析対象とするゲノム領域に細胞内で結合している分子(DNA、RNA、蛋白質)を網羅的により効率よく単離・同定する技術の開発が期待されている。
2.insertional Chromatin Immunoprecipitation(iChIP) 法
上記のような背景のもと、我々は、生体内でのクロマチン構造を保存したまま解析対象とするゲノム領域を特異的に単離する方法として、挿入的クロマチン免疫沈降法 (insertional Chromatin Immunoprecipitation: iChIP) 法を考案した7)。図1に示すように、iChIP 法は、(A) 細菌のDNA 結合蛋白質であるLexA が認識する塩基配列を解析対象とするゲノム領域近傍に挿入した細胞を樹立、(B) FLAG タグを付けたLexA DNA 結合ドメイン(FCNLD) の上記細胞での発現、(C-1) フォルムアルデヒドで分子間の結合を架橋後、超音波処理または制限酵素処理によりゲノムDNA を断片化、(C-2) FLAG タグを認識する抗体を用いた免疫沈降法により、FCNLD が結合したDNA-蛋白質複合体を単離、(C-3) 分子間の架橋を外し、複合体中の分子(DNA、RNA、蛋白質)を同定、という手順による。なお、蛋白質の同定には質量分析法、DNA やRNA の同定にはマイクロアレイや次世代シーケンシングを用いる。
iChIP 法が実用化されることで、解析対象とするゲノム領域における遺伝子転写制御機構を包括的に理解することが可能になると考える。また、iChIP 法は、解析対象とするゲノム領域に存在する蛋白質・DNA・RNA のすべてを網羅的に同定できる新規方法論であり、遺伝子転写制御機構のみならずゲノム上で繰り広げられる多くの生命現象に応用できる画期的な技術と考える。さらに、iChIP 法は従来の方法論と異なる新規方法論であることから、これまでに知られていなかった新しい分子生物学的知見が得られる可能性も考えられる。
3. iChIP 法を利用したインスレーター結合蛋白質およびRNA の同定
我々は、iChIP 法を用いることで解析対象とするゲノム領域に結合する未知分子の同定が可能であることを実証するため、ゲノム上のインスレーター領域に結合する分子(蛋白質・RNA)の同定を試みた。
インスレーターはゲノムのインスレーター配列およびそれに結合する分子から構成されており、2 つの生理的機能が知られている。1 つ目は、エンハンサー遮断効果であり、遺伝子特異的なtrans-elements(転写因子等)が目的の遺伝子以外に作用するのを防ぎ、遺伝子間の干渉を防いでいる。2 つ目は、ポジション効果の抑制であり、クロマチンの不活性化を防ぐことで、安定した遺伝子発現環境を維持することができる。つまり、インスレーターはゲノム上でしきり領域として機能しており、インスレーターが正常に作用することによって、数万個の遺伝子が協調し、干渉せずに転写される。インスレーターは無脊椎動物から脊椎動物にいたるまで多種類見出されており、近年、インスレーター機能を遺伝子治療の分野で利用する試みもなされている。例えば、遺伝子治療においては、疾患の原因となる遺伝子変異を補うために、正常な遺伝子を患者細胞のゲノムに挿入し、その遺伝子を安定的に発現・継代させる必要がある。発現させる遺伝子をインスレーター配列で挟むことによって、挟まれた遺伝子は周辺環境およびクロマチン不活性化の影響を受けず、安定した発現を維持することが期待できる。これまでに最も研究が進んでいるインスレーターは、ニワトリのβ-グロビン遺伝子の発現を制御しているインスレーター配列“HS4”(cHS4)であり、遺伝子治療への応用も試みられている。一方、cHS4インスレーター配列に結合する全ての因子が同定されているわけではなく、その作用機構には不明な点が多く残っていることから、cHS4 インスレーターに結合する分子を同定することは、分子生物学的および医学的に重要である。
まず、cHS4 インスレーター配列のうち、インスレーター機能を有する0.25 kbp の最小領域(コア領域)をタンデムに連結し、中央にLexA 結合配列を挿入したcHS4 コアカセットを持つ遺伝子導入ベクターを作製した(図2)。なお、cHS4 コア配列はタンデムに並べることでインスレーター能が増強することが報告されている。次に、FCNLD を発現させたマウス血球系細胞株Ba/F3に、作製したベクターをトランスフェクションし、ベクターをゲノム内に組み込ませた細胞株を樹立した(FCNLD-cHS4 細胞)。次に、FCNLD-cHS4細胞を用いてiChIP を行うことで、cHS4 コア配列を細胞から単離し、単離した領域に結合している蛋白質の同定を行った。具体的には、図2 に示すように、(1) 細胞をフォルムアルデヒド処理することによるゲノムDNA/蛋白質の架橋、(2) ゲノムDNA の断片化(2 kb 前後)、(3) FCNLD が持つFLAG タグに特異的な抗体を用いた免疫沈降、(4)免疫沈降物中に含まれる蛋白質複合体の質量分析法による同定、を行った。図3A に示すように、単離したゲノム複合体のSDS-PAGE および銀染色の結果、陰性対象と比較して数種類の特異的な蛋白質が回収できていることが判明した。特異的なバンドをゲルから回収し、質量分析を行った結果、細胞核マトリックス蛋白質に含まれる蛋白質であるMatrin-3 ならびにRNA ヘリケースであるp68/DDX5 であることが判明した(図3A, B)。p68については、これまでにインスレーター蛋白質として機能することが報告されていることから8) 9)、iChIP 法はゲノム上で生理的に機能している蛋白質を単離・同定できる技術であることが示された。また、新規にインスレーター結合蛋白質として同定したMatrin-3 がインスレーター領域に結合することを、従来のChIP 法によって確認した(図3C)。さらに、同定した蛋白質の結合様式について解析した結果、Matrin-3 ならびにp68 はインスレーター結合蛋白質として知られているCTCF を介してインスレーター領域に結合していることも判明した。
これまでの報告から、CTCF およびp68 を含むインスレーター蛋白複合体にノンコーディングRNA であるSRA1 が含まれており、インスレーター機能に関与することが報告されている9)。そこで、iChIP 法を行った後、単離したcHS4 インスレーター領域にSRA1 が含まれているかどうかRT-PCR で調べたところ、SRA1 が検出されたことから、Matrin-3、DDX5、CTCF を含むインスレーター蛋白質複合体にSRA1 が含まれていることが示された(図3D, E)。この結果の重要な点の一つとして、iChIP 法を利用することで、解析対象とするゲノム領域に結合している蛋白質のみならず、RNA も単離・同定できることが証明された点が挙げられる。
以上の結果から、iChIP 法を利用することで、解析対象とするゲノム領域を単離し、その領域に結合している蛋白質およびRNA を同定できることが証明された10)。なお、本研究から、細胞内に1 コピーのみ存在するゲノム領域を解析する場合には、1x109 個の細胞があれば、結合蛋白質が同定可能であることも判明した。解析対象とするゲノム領域上に結合するゲノムDNAやRNAについては、PCR やRT-PCR を利用することによって、単離後に試験管内での増幅が可能であることから、さらに少ない細胞数で同定できることが予想される。なお、iChIP 法を利用したゲノム間の相互作用については、他の研究グループから報告されている11)。
4. 第二世代のFLAG タグ付きLexA 蛋白質の作製・評価
これまで述べてきたように、iChIP 法を利用することで、解析対象とするゲノム領域に結合する分子を単離し、解析できることが証明された。今後、iChIP 法がより多くの研究者に利用される一般技術として普及していくには、より少ない細胞数で蛋白質を効率よく網羅的に同定できるようにすることが一つの課題である。そこで、次に、iChIP 法でより効率よく解析対象とするゲノム領域を単離できるようにするため、第二世代のFLAG タグ付きLexA 蛋白質の作製に着手した。
第一世代のFLAG タグ付きLexA 蛋白質は2xFLAG タグを使用しており、FLAG 抗体の認識頻度を増加させるため、3xFLAG タグ付きのLexADNA 結合ドメイン(3xFNLDD)を設計した(図4A)。3xFNLDD をマウス血球系細胞であるBa/F3細胞で強制発現させたところ、細胞内で分解されることなく発現していることがウエスタンブロットならびにフローサイトメトリーにより確認できた(図4B, C)。次に、インスレーターcHS4コア領域をゲノム上に持つBa/F3 細胞を利用し、iChIP法によるcHS4コア領域の単離効率について、第一世代のFCNLD と比較した。その結果、FCNLDと比較して約4 倍程度の単離効率の上昇が見られ、使用したサンプル中に含まれるcHS4 領域の約11%を単離できることが判明した(図5)12)。これらの結果から、より少ない細胞数(108 程度)で、細胞内に1 コピーのみ存在するゲノム領域に結合する蛋白質が同定可能であることが予想される。
5. 細胞内に1 コピー存在するゲノム領域の単離
現在、我々は、iChIP 法を利用することで、細胞内に内在的に存在する1 コピーのゲノム領域の単離・解析に着手している。具体的には、B リンパ球の分化に必須の転写因子であるPax5 の遺伝子プロモーター領域に結合する蛋白質をiChIP 法により同定しているところである。これまでに、ニワトリのB 細胞株DT40 を使用し、内在性Pax5遺伝子プロモーター領域へのLexA 結合塩基配列を相同組換えにより挿入し、引き続き、3xFNLDDを同細胞に発現させることで、iChIP 解析で使用する細胞を樹立した。現在、本細胞を用い、iChIP法を利用してPax5 遺伝子プロモーター領域に結合している蛋白質を網羅的に同定しているところである。
6. iChIP 法の利点および今後の展望
iChIP 法が従来の方法論と比較して優れている点として、以下が挙げられる(図6)13)。
・iChIP 法は、解析対象とするゲノム領域に結合するDNA、RNA、蛋白質のすべての検出が可能な技術である。
・単離の原理として、既にクロスリンク下で実績のある蛋白質のアフィニティー精製を用いているため、PICh 法と比べてゲノム領域の単離効率が高い。
・iChIP 法では、ノイズやアーチファクトの原因となるような酵素処理を全く含まずに行える。
・iChIP 法では、特定のアリルをタギングできるため、アリル特異的解析が可能である。
・iChIP 法は、ゲノムDNA を舞台として繰り広げられる遺伝子転写、ゲノム複製・修復、クロマチン構成(ヘテロ・ユークロマチン)のダイナミックス、X 染色体不活性化といった様々な生命現象の解明に利用できる。
今後、iChIP 法をさらに有用な技術として改良していくとともに、iChIP 法を利用してゲノム機能を解明することで、医学・生命工学・分子生物学分野の発展に貢献していきたい。