2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

クラブ活動(ネイチャー部)における小型脊椎動物の透明骨格標本作製およびその樹脂封入標本化の試み

実施担当者

牧野 正明

所属:龍谷大学付属平安高等学校 ネイチャー部顧問

概要

1.はじめに
 今回の小型脊椎動物(魚類・両生類)の透明骨格標本の作製は、本クラブの活動の一環として実施し、実際の作製に関わる手順や仕組みを学ぶと共に、標本動物の骨格の構造についての知見を深めることを目的とした。また、半永久的な保存が可能と思われる、作製した標本の樹脂による封入を試みた。
 透明骨格標本とは、軟骨と硬骨を別々の色に染色し、骨以外のタンパク質を透明にしたもので、特徴として、体内の骨の位置関係を変化させることなく、様々な方向からの観察が可能であり、視覚的にも非常に美しいものになる。
 また、通常の透明骨格標本では、ガラス瓶などにグリセリンを用いて封入するのが一般的であるが、この方法は、液漏れや容器の破損などの恐れがあり、取り扱いにおいて難しい面がある。そのため、JT生命誌研究館の橋本研究室で紹介された方法を用いて、エポキシ樹脂による標本の封入をおこなうことにした。


2.透明骨格標本作製の手順
①標本の材料の選定
 一般に、透明骨格標本の材料には、小型のものが適している。大型のものは、必要な薬品や樹脂などの量が多くなる上に、処理に要する時間もかなり長時間になるため、今回は、アジ、キビナゴ、アカハライモリ、アフリカツメガエル、メダカなどの小型動物を用いた。生体を用いることは避け、アジとキビナゴは市販のものを、アカハライモリはJT生命誌研究館から供与を受けた死亡個体を、また、アフリカツメガエルは、同じJT生命誌研究館からオタマジャクシを譲り受け、クラブで飼育していた個体が変態後に死亡したものを用いた。メダカも同様に、飼育していたものの死亡個体を材料とした。

②ホルマリン水溶液による固定処理
 タンパク質分解酵素による透明化の過程で標本が崩れるのを防ぐため、材料を10%ホルマリン水溶液に二日間浸けて固定する。この後、水に約二日間浸けてホルマリンを除去する。

③軟骨染色の前処理
 材料を水洗し、染色しやすいように、材料のウロコや皮を丁寧にはぎとる。材料によってかなり難易に差があり、特にアカハライモリは非常に皮がはがれにくく、作業を途中で断念せざるを得なかった。その一方で、アフリカツメガエルは中学生の部員が根気良く全部の皮をはがしてくれた。

④脱水処理
 材料に水分が残っていると、この後の薬品の染み込みを妨げるため、前処理の終わった材料を50%エタノール、無水エタノールの順にそれぞれ一日浸けて脱水する。

⑤軟骨の染色
 手順としては、先に軟骨部分の染色をおこなう。染色液には、無水エタノール:氷酢酸水溶液=4:1の混合液500mlに、アルシアンブルー4mlを溶かしたものを用いた。このとき、染色液のpHが2.5前後になるよう注意が必要で、これに材料を浸漬し、具合を見ながら一日かけて染色する。この過程が終わると、材料全体が青く染まった状態になる。

⑥中和処理
 染色終了後、アルシアンブルーの液性が酸性のため、ホウ砂の飽和水溶液(pH9.0)に約1日浸けて中和させる。

⑦骨以外の部分の透明化
 ホウ砂飽和水溶液:水=7:3の混合液に、トリプシンを1.0%になるように溶かし、この溶液に材料を浸漬して35~40℃に保ち、タンパク質を分解させる。このとき、長時間浸けすぎると材料が崩れてしまうので、毎日観察して様子をみた。材料が少し透き通った程度で取り出すとよい。
また、水酸化カリウム水溶液による透明化が可能という旨の資料に基づき、並行してその方法による透明化も試みた 3)。この方法は薬品がかなり安価で済むのが利点であるが、こちらは透明化の前に材料が崩れてしまい、今回はうまくいかなかった。

⑧硬骨の染色
 次に、硬骨の染色の準備のため、透明化の終わった材料を大量の水に一晩浸し、残ったトリプシンを除去する。1.0%水酸化カリウム水溶液500mlにアリザリンレッドを少量入れたものを染色液とし、これに材料を浸け、数時間から一日かけて変化を見ながら硬骨を赤色に染色する。

⑨アルカリ溶液処理
 硬骨染色を終えた材料を約一時間水に浸し、余分の染色液を除去する。その後、1.0%水酸化カリウム水溶液に浸漬させ、透明化の仕上げをおこなう。

⑩最終処理Ⅰ
 次に、グリセリンと1.0%水酸化カリウム水溶液の混合液に材料を浸す。グリセリンと水酸化カリウム水溶液の比率を、1:3→1:1→3:1の割合の順に、材料が沈むのを目安に水溶液を変えていく。この過程で、水酸化カリウムによる透明化を進めると共に、材料にグリセリンを染み込ませていく。

⑪最終処理Ⅱ
 最後に、100%グリセリンに少量のチモール(防腐剤)を加えたものに材料を入れ、ビン等に封入して、ようやく透明骨格標本の完成となる 4)、5)。


3.透明骨格標本の樹脂封入の手順
 今回の封入には、前述のJT生命誌研究館で用いた経験のあるレジン(エポキシ)樹脂を用いた。この樹脂は、一般に接着剤や装飾用にも使われている。また、別にポリエステル樹脂を用いた封入も試み、両者の比較もおこなった。
①標本の前処理
 100%グリセリンに浸けておいた透明骨格標本を、100%エタノールに移し、樹脂封入後に変質しないように脱水処理をおこなう。その後、硬化剤を入れる前の樹脂に浸漬して、標本に充分樹脂を染みこませる。

②封入作業
 容器(タッパー)に、硬化剤を加えた樹脂を底から5mm程度入れて硬化させ、標本を乗せる台(ベッド;一段目)をつくる。硬化剤を加えた樹脂は約24時間で硬化する。
 同様に、硬化剤を加えた樹脂に標本を浸けておくが、こちらは樹脂が硬化するまでに標本をベッドの上に移し、同時に標本名などを記入したラベルを両面テープでベッドに貼りつける。その上から、標本がぎりぎり沈む深さまで、硬化剤を加えた樹脂を流し込む。この後、さらに一日待って樹脂を硬化させ、その上から再度硬化剤を加えた樹脂を流し込み(三段重ね)完成となる。

 上記の樹脂封入標本の手順が完成するには、幾つかの試行錯誤を必要とした。
◆失敗例①
 最初は、硬化剤を加えていない樹脂に浸漬した標本と、紙製のラベルにボールペンで生物名等を記入したものを樹脂のベッドの上に乗せ、その上から硬化剤を加えた樹脂を流し込んだが、一段目と二段目の樹脂の境目から、標本に染みこんでいた樹脂が硬化せずに染み出してきた。また、ラベルの紙に樹脂が染みこんで半透明になり、ペンで書いた字が判読できなくなった。

◆失敗例②
 これを回避するため、硬化剤を加えた樹脂に半日ほど浸漬した標本を用いることにした。また、ラベルの材質を紙からプラスチック板(ビデオテープのケースを切ったもの)に変え、さらに記入には鉛筆を用いた。
 その結果、ベッドと二段目の樹脂の間からの染み出しはなくなり、ラベルの文字も判読が可能になったが、二段目の樹脂が硬化するまでに標本が浮き上がり、標本の一部が樹脂上に出るものがあり、同様に、ラベルも浮き上がったり位置がずれたりするものが生じた。
これらの失敗を元に、前述の樹脂の3段重ねの手順をおこなうようにした。

◆失敗例③
 封入にエポキシ樹脂とポリエステル樹脂を用い、両者の比較をおこなったところ、ポリエステル樹脂では標本の色が褪色(赤色がオレンジ色に変化)し、同時にラベルの文字(ボールペンによる)が消え、判読不能になった。これは、ポリエステル樹脂に含まれる有機溶媒の成分のためと思われる。このため、ポリエステル樹脂は透明度が高く、エポキシ樹脂より良好な点があるものの、透明骨格標本の封入には適さないことがわかった。


4.作製した標本の展示や発表について
 今回作製した標本は、本校の学園祭も含めて、合計3回、外部に向けた展示・発表をおこなった。
◆本校学園祭での展示
 昨年の9月6・7日の両日、本校の学園祭のクラブ展示で、普段授業で使用している生物実験室を会場にして、今回作製した透明骨格標本の展示をおこなった。
 一年間の部の活動カレンダー、各種自然観察会の報告、飼育生物などの中で、さまざまな薬品処理をおこなった魚類や両生類の標本を、その作製過程を含めて展示したが、特に透過光を使った展示には多くの来場者の関心が集まり、熱心に観察したり、部の生徒たちにいろいろな質問をしたりする姿が多く見られた。

◆サイエンス・フェスタ2015への出展
 昨年の11月15日に大阪のグランフロントで開催されたサイエンス・フェスタ2015に本校が参加した。この催しは、京阪神の私立中高一貫校の理系クラブの活動などを、広く一般の方に向けて発表するもので、当日は多くの子供連れの来場者が訪れた。
 本校のブースでは、普段のクラブの活動の紹介に加え、今回作製した透明骨格標本と飼育生物などを展示した。特に、樹脂封入した透明骨格標本には子供たちも興味津々で、手に取ってみたり、用意した顕微鏡を覗いたりしながら歓声をあげていた。

◆京都府私立理科研究会研究発表会への参加
 今年の2月7日に、京都の立命館中学高等学校で開催された京都府私立理科研究会が主催する第51回の研究発表会に参加した。この会は、京都の私立中学・高等学校の理系クラブが、一年間の研究や活動の内容を毎年発表するもので、本校は昨年度までは他校の発表の見学のみであったが、今回は初めて発表に参加することになった。高校生の部員が、取り組んできた「透明骨格標本の作製と樹脂封入の試み」について、パワーポイントでその内容を詳しく説明した。
 展示のブースでは、中学生の展示の隣に標本の実物を展示し、他校の生徒や教員も興味深く見入っていた。


5.標本作製を通じて得られた知見
 アカハライモリの成体は、骨格のほとんどが硬骨で、軟骨は関節などの一部だけであるが、今回標本化した幼体では硬骨が見られず、全身の骨格がほぼ軟骨だけで構成されていることがわかった。成長のどの段階で硬骨が生じるのかは大変興味深い。
 また、アフリカツメガエルの骨格は、アカハライモリよりも硬骨部分が比較的薄く、軟骨部分が多いことがわかった。
 魚類では、アジとキビナゴの標本を比較することで、同じ魚類でも硬骨と軟骨の割合や配置が微妙に異なることがわかり、生徒たちも非常に興味を示していた。
 さらに、部員たちが作製した標本の骨の配置を観察することで、アカハライモリ、アフリカツメガエルの骨格と、ヒトの骨格との共通性を示し、授業で扱う進化における相同器官の例を示すことができ、より理解を深めることができた。


6.まとめ
 今回の標本の作製は、最初は興味本位で取り組みはじめた部の生徒たちも、実際に作業にかかってみると、大変な手間がかかることを知る良い機会となった。
 まず、準備の段階で、材料に子アジを用いることにしたが、小型のものが入手できず、やむなく代替えとしてキビナゴを使ってみたところ、最終的に良好な標本が得られるなど、思いがけない結果が得られたこともあった。
 また、透明化の過程で材料が崩れたり、材料が白濁したりと、さまざまな失敗があり、前述のように、樹脂封入でも試行錯誤を繰り返すなど、実際に経験してみなければわからないことが多く生じた。
 しかし、これらの過程を経て標本が完成したときには、生徒たちが大きな達成感を得ることができたことに加えて、それらを展示・発表する機会を通じて、自分たちの取り組みを外部に発信することは、生徒たちにとって何よりも貴重な経験となった。
 死後硬直で標本の形が固まると形を整えられないことや、樹脂への細かい気泡の混入など、反省点も多いが、今後は無脊椎動物や大型のものの標本化や、断面標本の作製など、新たな試みに意欲をもってくれたのは大変喜ばしい。