2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

クラブ活動における小型脊椎動物の透明骨格標本作製およびその樹脂封入標本化の試み

実施担当者

牧野 正明

所属:龍谷大学附属平安高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 一昨年度より本クラブで取り組んでいる透明骨格標本の作製は、クラブの活動の一環として、「実際の作製に関わる手順や仕組みを学ぶと共に、標本動物の骨格の構造についての知見を深める」「半永久的な保存が可能と思われる、透明化した標本の樹脂による封入の試み」を継続した目標におき、今年度はそれらの作業に生徒たちが自主的に取り組むことを目標とした
 透明骨格標本は、軟骨と硬骨をそれぞれの色素で染色し、それらの骨以外の体組織を透明化したもので、体内の骨格の位懺関係を変化させることなく観察することが可能であり、また、視覚的にも非常に美しいものになる
 一般的には、これらの標本は、最終的にグリセリンを用いてガラス瓶などに封入するのが一般的であるが、これらの方法では、液淵れや容器の破損などの恐れがあり、取り扱いが難しい面がある。このため、本クラブではエポキシ樹脂による標本の封入をおこない、取り扱いが容易で、かつ半永久的な保存が可能にする試みを継続している。
 また、昨年標本化を試みた魚類と両生類に加え、今年度は鳥類と哺乳類の標本化と、無脊椎動物(イカ)の標本化も試みた。


2 標本の透明化処理と樹脂封入の手順
 昨年度の報告にも掲載したが、以下に透明骨格標本の作製と樹脂封入の手順を簡略に示す。

①標本の材料の選定
 一般に、透明化には小型の生物材料が適する。昨年度に用いたアジ、キビナゴ、アカハライモリ、メダカなどの小型動物に加えて、今年度はウズラ、ニワトリの幼体とヌードマウスの幼体、さらに、無脊椎動物の小型のイカも材料として透明化を試みた
②ホルマリン水溶液による固定処理と軟骨染色の前処理
 透明化の過程で標本が崩れるのを防ぐため、材料を10%ホルマリン水溶液に二日間浸け固定し、水に約二日間浸けてホルマリンを除去する。その後、材料を水洗し、染色しやすいように材料のウロコや皮を丁寧にはぎとる。昨年からの経験によると、この作業に神経質になりすぎる必要がない場合もある。
 今回初めて材料に用いたウズラとニワトリの雛は、羽毛を全て取り除かねばならず、中学生の部員が交代で根気良く取り組んでいた。
 これらの処理を終えた材料を50%エタノール、無水エタノールの順にそれぞれ一日浸けて脱水処理する。
③軟骨の染色と中和処理
 軟骨部分の染色液は、無水エタノール:氷酢酸水溶液=4:1の混合液500mlにアルシアンブルー4mlを溶かしたものを用い、これに材料を浸漬し、具合を見ながら一日かけて染色する。染色処理終了後、酸性になった標本をホウ砂飽和水溶液(pH9.0)に約1日浸け中和させる。
④骨以外の部分の透明化と硬骨染色の前処理
 ホウ砂飽和水溶液:水=7:3の混合液にトリプシンが1.0%になるよう調製したものに材料を浸漬し35~40℃に保ち、タンパク質を分解させ、材料が少し透き通るまで透明化させる。また、昨年度失敗した水酸化カリウム水溶液による透明化も再度試み、今年度は後述のように、ある程度の効果が認められた
 その後、硬骨染色の前処理として、材料を大量の水に一晩浸し、残ったトリプシンを除去する。
⑤硬骨の染色と中和処理
 硬骨部分の染色液として1.0%水酸化カリウム水溶液500mlにアリザリンレッドを少最入れたものを用い、これに材料を浸漬し、数時間から一日かけて変化を見ながら染色する。
 染色を終えた材料を約一時間水に浸し、余分の染色液を除去し、その後1.0%水酸化カリウム水溶液に浸漬させ、透明化の仕上げをおこなう。
⑥最終処理
 グリセリンと1.0%水酸化カリウム水溶液の比率が1:3→1:1→3:1の順に、材料が沈むのを目安に、標本を浸漬する液を変える。この過程で水酸化カリウムによる透明化が進むと同時に、材料へのグリセリンの浸漬が進行する。
 最後に100%グリセリンに少量のチモール(防腐剤)を加えたものに標本を入れ、透明骨格標本の完成となる。
⑦標本の前処理
 ⑥で最終処理を終えた(100%グリセリン浸漬)標本を、100%エタノールに移し脱水処理する(樹脂封入後の変質を防ぐ)。その後、硬化剤を入れる前の樹脂に浸漬し、標本に充分樹脂を染みこませておく。昨年に続いて、樹脂封入にはレジン(エポキシ)樹脂を用いた。
⑧封入作業I
 予め、硬化剤を加えた樹脂を容器に5mm程度の深さまで入れて硬化させておく。これが標本を乗せる台(ベッド)となる。同様に、封入する標本も硬化剤を加えた樹脂に浸けておく。
⑨封入作業1I
 標本を浸けた樹脂が硬化する前に、標本をベッドの上に移し、同時に標本名などのラベルを貼りつける。この上から硬化剤を加えた樹脂を流し込むが、樹脂を入れすぎると標本が浮き上がるため、標本がぎりぎり沈む深さで注入を止める。
⑩封入作業1II
 ⑨の樹脂の硬化後、その上からさらに硬化剤を加えた樹脂を流し込み完成(右図を参照)となる。

(注:図/PDFに記載)

 今年度は樹脂封入の作業の手順も定着し,葉脈標本などの樹脂標本の作製にも成功している。


3 作成した標本の展示?発表について
 今年度および昨年度に作製した標本を用いて、今年度は計4回、内外に向けた展示?発表をおこなった。
◆本校学園祭での展示
 昨年の9月4・5日の両日、本校の学園祭にて、作製した透明骨格標本の展示をおこなった。
年間の部の活動報告や飼育生物の展示などの中で、特に作製過程を含めた透明骨格標本の展示には、一昨年と同様に多くの来場者の関心が集まり、それに応じて部の生徒たちが説明する姿が多く見られた。
◆本校140周年記念行事での展示
 昨年の11月12日に、本校の創立140周年の記念行事におけるクラブ活動報告の場で、学園祭と同様の展示をおこなった。旧生物部のOBの方も来場され、透明骨格標本に熱心に見入り、部の生徒たちに質問される方もおられた。
◆ サイエンス・フェスタ2016への出展
 これも一昨年に続き、11月13日に大阪のグランフロントで開催されたサイエンス・フェスタ2016に参加し、普段の部の活動紹介をおこなった。
 昨年同様、本校のブースでは透明骨格標本と飼育生物の展示への関心が高く、子供たちが次々に樹脂封入した標本を手にして、光にかざしたり、見比べたりする姿が印象的であった。
◆京都府私立理科研究会研究発表会への参加
 今年の2月7日に、京都府私立理科研究会主催の第52回研究発表会が京都学園中学高等学校で開催され、本校も昨年に続いて参加した。
 今回は中学生が部で飼育しているアカハライモリについて、高校生が「透明骨格標本の作製と樹脂封入の試み」の継続的な取り組みについて展示をおこなった。ここでも他校の生徒や教員の透明骨格標本への関心が高かった。


4 今年度得られた知見
 今年度、標本の作製を通じて得られた新たな知見を以下に示す。

 まず、今回初めて試みた無脊椎動物のイカの染色では、当然のことではあるが硬骨部分がまったくないため、青色のみの美しい標本が得られた(右写真)。部の生徒たちも、改めてイカに硬骨がないことを視覚で直接確認できたことの意義は大きい。また、墨汁腺と口器(カラストンビ)が茶色く残ったのも興味深かった。
 次に、これも新たに標本化を試みているニワトリとウズラの幼体(ヒナ)、およびマウスの幼体は、昨年度の魚類・両生類よりも大幅に透明化の時間を要することがわかり、現在のところは良好な標本が得られていない。これは、ニワトリとウズラの場合は体積が大きく、薬品類の浸漬に時間を要するためと思われる。マウスの幼体は、ある程度は透明化が進んでいるものの、これも完全に透明というところまでは至っていないのが残念である。
 文献にも、材料の種類や条件によって、透明化には数か月以上の時間を要するものもあるとのことであるが、今後も継続して根気強く処理を続けていきたい。
 また、先に透明化の処理過程のところでも述べたように、水酸化カリウム水溶液による透明化を試みたが、今回はトリプシンと同様の定温に保つことは避け、室温で徐々に処理を進めたところ、幾つかの標本でうまく透明化が進み、この方法でも透明化が可能であることが確かめられた。この方法で確実に透明化ができるようになれば、費用面でかなり安価な作製が可能となり、学校のクラブなどでも手軽に標本作製に取り組むことができると思われる。
 昨年度作成したアカハライモリの標本化した幼体ではまったく硬骨が見られなかったが、今年度作成した幼体では全て硬骨の染色が見られ(右下写真)、昨年の知見が誤りであることがわかり、部の生徒たちも非常に不思議がっていた。ただ、昨年度の標本化では複数の幼体で硬骨の染色が見られなかったため、なぜこのような結果になったのかは不明である。
 以上が今回の作成を通じて得られた知見であるが、これ以外にも、昨年と同じ材料で同様の処理をおこなっても、透明化がうまくいかなかったり、同じ処理をしている中でも透明化に差が出たりと、私も含めて、部の生徒たちも実際の作業の難しさを痛感させられた。


5 まとめ
 昨年度から取り組んだ透明骨格標本の作製であるが、さらに新たな発見や知見を得ることができ、部の生徒たちの興味や関心もさらに深まった。
 また、発表のためのパワーポイントやポスターなどの作成を通じて、自ら作成した標本や取り組みをまとめ、外部に発信することの難しさを学び、それに対する評価を得られたときの喜びを味わったことは、部の生徒たちにとって得がたい経験であった。
 ただ、今年度は、できるだけ生徒自らが発案し、計画を立て、実行するように顧間主導の作業を避けるようにした。結果的には、やはり生徒たちだけでは腰が重く、昨年度のようなペースで作業が進まなかったことが大変残念である。しかし、忍耐のいることではあるが、今後も生徒たちの自主的な取り組みを促していきたいと考えている。
 現在、教育の現場では、ALや探求学習の取り組みが盛んにおこなわれているが、今回の標本作製を通じて、自ら考え、エ夫し、それをいかに相手に的確に伝えるかをまた考え、自分の言葉で自信を持って発表するという姿勢が部の生徒たちに芽生え、その姿勢を大切に育ててくれることを願っている。