1996年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第10号

キャピラリー電気泳動法によるアポトーシス時の断片化したDNAの測定

研究責任者

丸山 征郎

所属:鹿児島大学 医学部 臨床検査医学講座 教授

共同研究者

北島 勲

所属:鹿児島大学 医学部 臨床検査医学  助教授

共同研究者

明石 満

所属:鹿児島大学 工学部 応用化学工学科 教授

共同研究者

時岡 剛

所属:鹿児島大学医学部附属病院 検査部  医員

共同研究者

川原 幸一

所属:鹿児島大学 医学部 臨床検査医学  研究生

概要

1.はじめに
近年細胞死(cell death)の1様式としてアポトーシス(apoptosis)が注目されている。アポトーシスはnecrosis(壊死)と違い,プログラム化された細胞死で,自らのプログラムに従い,細胞が「予定」されて死んで行く様式で,エンドヌクレアーゼの活性化により,DNA fragmentationが起こる。このDNAの断片化はヌクレオソーム毎に起こるため,180bhの整数倍と長さとなり,DNA電気泳動でladder状となる。このアポトーシスは発生/分化,器官の形成,ホメオステーシス(恒常性)などの生理的プロセスのみならず,癌の発生,アルツハイマー,パーキンソン氏病などの変性疾患,エイズにおけるCD4ヘルパーT細胞の減少,激症肝炎などの病的課程にも深く関係する(表1)ことが判明してきており,その同定は臨床上も極めて重要な問題となってきている。
本研究は近年俄かに注目をあびてきたこのprogrammed cell death,すなわちアポトーシス(apoptosis)をキャイピラリー電気泳動で,高感度,かつ迅速に検出せんとするものである。アポトーシスの場合はエンドヌクレアーゼが活性化され,DNA fragmentationが起こり,DNAはヌクレオソーム毎に180bpの整数倍の長さで断片化されるので,この特徴的DNA fragmentationをキャピラリー電気泳動で検出する事を目的とする。
2.方法
1)DNA電気泳動装置とその検出は以下の方法(図1)に従って行なった。すなわち電気泳動は10KVで10~20分間行なった。データプロセッサーはC-R3Aデータプロセッサー(Shimazu, Kyoto)を用いた。断片化DNAは分光光度計で260nMで検出した。
2)使用したキャピラリーは内径2~100ミクロン,長さ15~100cmの溶融シリカで出来た中空のものである。
その構図は図2に示す通りである。加圧する電圧は1~30KVで,流れる電流は1~100uAである。
3)サンプル:サンプルは成人T細胞性白血疾患者のT細胞よりDNAを分離して,その1~20nLを注入した。
3.結果
アクリアミドを架橋剤としてキャピラリー内に充填した場合の1本鎖のDNAの分離例を図3に示す。これではオリゴマーから400塩基対までのDNA断片が分離されている。図4にアポトーシスを起こしたDNAのladderの例を示す。これで解かるとおりスラブゲルの電気泳動でみられるのと同じDNA kladderが観察された。横軸は時間(分)であるが,わずか20分内外でDNA fragmentationが同定されている。
4.考察
細胞死(cell death)の様式としては,従来よりnecrosis(壊死)が知られていたが,最近もう一つの細胞死の様式としてapoptosis(アポトーシス)が注目されてきた。これらの2つの細胞死の関係は以下の様になる。
昆虫の変態,オタマジャクシの尾が脱落し,カエルに成長する場合,哺乳類の指の形成CD4(+),CD8(+)など自分自身に有害なT細胞の胸腺での除去,神経ネットワークの形成,など発生と分化,ホメオステーシス(恒常性)の維持,組織や細胞のターンオーバーと再生などの正常のプロセス,癌細胞の死,放射線療法,温熱療法,ある種の抗癌剤,などの病理的プロセスや治療に際しアポトーシスが起こることが明らかとなっている。我々は成人T細胞性白血病(ATL)の白血病細胞でアポトーシスが起こること,この頻度の高い症例は慢性の経過を取りやすいこと,そしてアポトーシスにより場合宿主のDNAに組み込まれたHTLV-1が除去されることなどを見いだした。またアポトーシスを誘導する薬剤を発見し,これがATLにin vitroで有効であること,エイズの原因疾患であるHIV感染症にも有効であることを見いだし,これらは鹿児島,日本,米国でそれぞれ治験中である。
このようにアポトーシスは単に基礎医学のみならず,臨床医学に於ても極めて重要な概念となってきつつあるが,その細胞分子機構に関してまだ不明の点が少なくない。現在までのところ次のようなことが判明している。すなわち壊死の場合は細胞は先に細胞膜が障害され,細胞には細胞外液が流入し,細胞死が惹起される。これに対しアポトーシスは細胞に内在している細胞死のプログラムが活性化され,先に核の凝縮がおこり,エンドヌクレアーゼが活性化され,DNAはヌクレオソームごとに180bpの整数倍に断片化される(DNA fragmentation)ので,DNA電気泳動するとladder状(はしご型)に電気泳動される。このようなプロセスに伴い,細胞は断片化され(apoptotic body),周辺のマクロファージ系細胞に貧食される。アポトーシスの場合はネクローシスと異なり,炎症などを惹起せず,周辺組織への影響が少ない。この発生/分化,変態,免疫,癌の増殖と退縮などに深く関与するアポトーシスを同定,検出するには,形態によるか,あるいはDNA電気泳動で,fragmentationを証明しなければならない。しかしDNA電気泳動に関しては次のような問題点がある。すなわち従来のスラブジェルを使用したDNA電気泳動の欠点としては,
1)電気泳動し結果を得るまでに10時間近くかかること,
2)サンプル量を最低20ug必要とすること,
3)定量性に欠けること,
4)断片化されたDNAの塩基配列を読めないこと,
などである。
そこで我々はこのような欠点を克服すべく,DNA電気泳動をスラブジェル法から,キャピラリー法に切り替え,次の様な結果を得た(1,2)。
今回の我々のキャピラリー法の長所としては,
1)従来法(スラブジェル法)の1/3~1/5のサンプル量で良い。
2)再現性良好
3)従来法の1/4の時間(約15分)で結果が得られる。
4)断片化したDNAのサイズをほぼ正確に定量できる。
5)その塩基配列の同定も可能である。
図4に実際の成人T細胞性白血病患者のキャピラリー電気泳動のパターンから得られた結果を示したが,短時間に極めて感度良くfragmented DNAを検出しえた。これらのデータえ示されるように本方法は,極めて優れたfragmented DNAの分離能を有し,そして従来のスラブジェル法に比較し,結果を得るまでに10~20分という迅速性を有している。また泳動パターンの面積を測定することにより,アポトーシスの割合を定量化することも可能である。現在まだ解決すべき問題が多くのこされているが,今後鋭意検討し,解決したい。