2005年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第19号

カーボン・ナノチューブを用いたバイオセンサによる単一生体分子の検出

研究責任者

染谷 隆夫

所属:東京大学物先端科学技術研究センター 物質デバイス大部門 極小デバイス分野 助教授

共同研究者

荒川 泰彦

所属:東京大学先端科学研究センター  教授

共同研究者

石田 悟己

所属:東京大学先端科学研究センター  助手

概要

1.はじめに
ナノテクノロジーは、近年、IT、バイオ、環境・エネルギーなどあらゆる分野で、その重要性を増している。特に、より安全で高効率な医療の実現に向けて、ナノテクノロジーを駆使した細胞・遺伝子レベルの治療法が望まれている。このためには、バイオ素子をナノ寸法に微細化し、ドラッグ・デリバリーの標的精度を単一細胞に高め、さらに、センシング感度を単一分子レベルに向上する必要がある。
しかし、既存の材料・デバイスでは、サブミクロンに素子寸法を微細化すると、センサーの感度が劣化するなどの問題がある。例えば、有機半導体やITOを材料とした化学センサーをサブミクロンにまで微細化すると、センシング機構である欠陥やグレイン・バウンダリの数が少なくなり、結果的に感度の劣化を招く。また、チャネル長が短くなると、コンタクト抵抗の影響が支配的となり、S/N比が劣化する。そのため、ナノ寸法への微細化と高性能化を両立した次世代ナノ・バイオ素子の実現が待ち望まれている。
本研究では、カーボンナノチューブを利用して、究極性能の次世代ナノ・バイオセンサを実現することを目的としている。まず、ナノチューブ電界効果トランジスタ(FET)を水中で動作させる手法を開拓し、バイオセンサとしての優れた特性を示す。次に、多様な有機合成法を用いて、チャネル層であるナノチューブに様々な官能基をレセプターとして誘導し、感度と選択性を極限まで向上させる。さらに、ナノ・ファブリケーション技術を駆使して、実効的なセンシング領域をナノ寸法にまで微細化する。この手法によって、1つの生体分子がレセプターに付いたり離れたりする過程を、ナノチューブのコンダクタンスの変化からリアルタイムでモニターすることを目指す。
2.カーボンナノチューブの水中でのコンダクタンス測定
カーボンナノチューブは、ナノメートル領域におけるセンシングに適した多くの優れた特徴を有する。特に、半導体性ナノチューブの電界効果トランジスタ構造(field-effect transistors,FET)においては、そのコンダクタンスがキャリア密度に非常に敏感であるため、センサー用途に非常に適している。ナノチューブ・トランジスタは、Kongらによってガスセンサーに応用した例が報告されている。しかしながら、生体系分子の分析には、ほとんどの場合、水中環境が要求される。最近、コーネル大学のグループによって、ナノチューブ・トランジスタが食塩水中で動作可能であることが示され、電解液を介してゲート電極として利用された。しかしながら、無機半導体デバイスや有機半導体デバイスにとって、水は悪影響を及ぼす原因となる。本研究で後に示されるように、実は、ナノチューブもこの例外ではない。このため、ナノチューブを水に暴露した状態で、そのコンダクタンスを安定して計測するための手法を確立することは非常に重要である。本研究では、単層カーボンナノチューブをチャネル層に用いた電界効果トランジスタを形成し、電極を保護するユニークな手法を施した結果、カーボンナノチューブのコンダクタンスを電界効果構造で水中において計測することに成功した。カーボンナノチューブは気相堆積法(chemical vapor deposition,CVD)によってパター二ングを施した基板の上に形成される。そして、電極は、シャドーマスクによって形成される。我々は、ナノチューブ・トランジスタにおいて、水を媒体とした特性の劣化は、主としてコンタクト領域においておこることを見出した。今回の実験では、このコンタクト領域は、疎水性の感光性エポキシでコーティングが施され、水による劣化が最小限になるようになっている。コーティングを施した後、ソース・ドレイン電極の間の真ん中当たりに2.6・m巾のスリットを開けた。このようにして、ナノチューブのチャンネル層のみが直接水に暴露された場合に、デバイスの水への応答は閾値電圧がシフトすることを見出し、これは可逆的でかつ再現性があることを見出した。図1(a)にデバイスの断面図を模式的に示した。単層カーボンナノチューブは、大気圧気相堆積法(chemical vapor deposition,CVD)によって、パターニングを施した基板の上に、合成された。この手法は、スタンフォード大学のHongjie Daiらによって開発された方法である。触媒のパターニングは、文献11に述べられているものとほぼ同じである。高濃度にドープされたシリコン基板の表面に100nmの厚みのSio2でカバーされたものを用いた。この基板の上に、300nmのpoly (methylmethacrylate)(PMMA, MicroChem, A5.5)をスピンコートした。次に、エキシマレーザー(KrF, λ=248nm,20mJ/pulse, 20Hz)を光源として、石英製のフォトリソグラフィーマスクを通して、4分間露光し、現像した。アルミナでサポートされたFe/Moの混合触媒をメタノールでサスペンドした液体を全面に塗布した後、アセトンでリフトオフした。このの周期18μm、y方向への周期50μmで形成される。触媒付の基板は、今度は、直径1インチの石英管にロードされ、850℃まで昇温され、アルゴン(11/min)と水素(100ml/min)の混合ガス雰囲気下で30分間保持される。この後、アルゴン(500ml/min)、水素(50ml/min)、メタノール(500ml/min)の混合ガス雰囲気下で、4分間ナノチューブを合成した。ナノチューブを合成した直後に、ナノチューブのついた基板はCVD装置から取り出され、メタルマスクの載せられる。サンプルは、通常の真空蒸着装置にロードされ、クロム5nm、金25nmからなるソース・ドレイン電極が形成された。ここで、メタルマスクは、2つのコンポーネントから構成される。一方は、直径が5μml2)のタングステン線(Sigmund Cohn Co. Ltd.)で、もう一方は、ニッケル板(厚み15μm)に50μmx2mmのスリットを50μm間隔で並べたもので、エレクトロフォーミングと呼ばれる一種のめっきによって作製された(Kyosei Co. Ltd., Japan)oこのようにして、ソースとドレイン電極の間隔は、タングステン線の直径によって正確に決まる。このようなレジストを用いない手法のお陰で、我々はアニール処理などをせずに、良好なコンタクトを実現した。2端子測定による典型的な半導体ナノチューブと金属的ナノチューブの抵抗値は、それぞれ、130kΩと50kΩである。この手法によるもっともよい値は、75kΩと30kΩであった。感光性エポキシを用いて、保護膜14)を形成し、ソース・ドレイン電極を覆った。図1(b)に示したように、フォトリソグラフィーによって、巾2.6μmのスリットがソース・ドレイン電極の中央付近に形成された。このような保護膜を形成することは半導体的ナノチューブのコンダクタンスを水の中で計測するためには、後に詳述するように、必須のものである。ネガレジスト(MicroChem, SU82を3000rpmでスピンコートし、1.5μm厚の膜を形成した。この後、65℃で60秒間、95℃で90秒間べ一クし、室温まで10分間かけて温度を冷やすことによって、高分子の歪を緩和した。UV光(365nm, 6mW/cm2)で1.2秒露光し、65℃で60秒、95℃で60秒間ベークし、SU-8の現像液で45秒間現像した。コンタクトパッドの上で四角穴(50μm x 50μm)を開けて、プローブがアクセスできるようにした。
ここで大切なのは、ネガレジストSU-8とナノチューブのプロセスコンパチビリティーである。我々は、保護膜を形成した後、いつでもナノチューブトランジスタの特性の変化をいつも観測した。特に、特性の変化は、飽和電流の減少としきい値電流の減少である。電流値の減少は典型的には、10%から80%の間で、まれに、何桁も減少してしまった。これらの変化は、重合反応時に歪が入ってしまったことによるか、あるいは誘電率がコンタクト領域で大きく変化したことによると考えられる。前者が問題である場合には、歪の緩和過程を最適化するか、SU8の厚みを薄くすることによって解決できると期待される。ドレイン電流は、半導体パラメーターアナライザーで測定された。ソース・ドレインにはバイアス電圧一100mVを印加して、ゲート電圧も+2.5Vから一10Vまで一〇.5V刻みで印加した。大気中で測定した6トレースを図2(a)に示した。閾値電圧は、-1V、トランスコンダクタンスは、ゲート電圧が一2Vのときに0.1μA/Vであった。飽和電流は、V、d=-100mVかつVg=-20Vのときに、0.65・Aであったが、これは、130kΩのオン抵抗に相当する。次に、高純度水(Aldrich, purity>99.5%, conductance〈2x10-6Ω一1cm-1)をガラスピペットを先端に付けたマイクロインジェクション装置でデリバーした。この装置で、直径10-300μmの液滴をデリバーできる。水の載せた後数秒ぐらい経過してから、液滴が蒸発してしまう前に測定を6回行い、図2(b)に示した。
このデーターはチャンネル層が水に暴露された状態でも安定してコンダクタンスの計測が可能となったことを示している。ドレイン電流のゲート電圧依存性は、水に暴露する前後で似ているが、暴露後には、閾値電圧が1V変化している。この水への応答は可逆であるが、これはよりあいまいさなく後で示される。
保護膜の形成は、半導体ナノチューブのコンダクタンスを安定して計測するためには、不可欠のものである。実際に、保護膜をないデバイスを用いて、水に暴露する実験を行うと16)様々な問題が発生した。例えば、水滴の寸法が数百ミクロンを越えると、水を媒体とした漏れ電流がソース・ドレイン間を支配的に流れたり、水を介したゲートリーク電流が大きくなりナノチューブのコンダクタンスの計測が不可能となった。一方で、数十ミクロン径の水滴が保護膜なしのデバイスに載せられると、上で述べたようなリーク電流は観測されないが、ナノチューブの伝導がクエンチされてしまうことが観察された。すなわち、オン電流が減少し、抵抗も4桁以上増大した(>IGΩ)。水滴を完全に蒸発させると、クエンチしたコンダクタンスは徐々に増加し、数時間後に実験開始の半分程度にまで回復した。同様の実験を繰り返し行うと、そのたびに、電流値がどんどん減少した。この水による劣化の原因は、Vsd=-10mVかつVg=-OVという低バイアス時にも観察された。同様のコンダクタンスのクエンチは、水だけでなく、エタノールやメタノールでも観察された。一方で、保護膜のないナノチューブ・トランジスタは、極性のないあるいは極性が小さい有機溶媒、例えば、ドデカン、キシレン、ヘキサンなどに暴露しても問題なく動作した。我々は、保護膜付のデバイスを用いて、ドレイン電流を時間の関数として測定した。Vsd=-100mVとVg=-5Vを印加して計測を始めると、電流値が徐々に減少して、測定後数分後に0.25μAで安定した。デバイスが安定してから、我々は水を滴下した。まず、t=28secで、最初の水滴がデリバーされた。図3の上のトレースに示したように、ドレイン電流は約30%増加して、安定した。この後、t=62secで液滴が蒸発して消えうせると、電流は突然25%減少し、徐々に初期値へ戻った。t=101secで、2滴目の液滴をデリバーすると同じような応答が観察された。同様の作業を21回繰り返した。トレース(a)と(b)の問では、数秒の測定の中断がある。
図3のデーターは、水への応答が可逆的で再現性があることを示している。同じデバイスを用いて、電圧を印加したまま1時間以上電流値を測定し続けると、電流値の減少分は10%以下であった。この実験結果は、電極に保護膜を形成することによって、ナノチューブのコンダクタンスを水中で安定して計測できることを示している。この知見は極めて重要で、将来カーボンナノチューブを用いて、ナノ領域におけるセンシングに応用する可能性を開いたものである。
3.カーボンナノチューブFETのアルコールへの応答
さらに、本研究では、単層カーボンナノチューブで作られた電界効果トランジスタ(FET)の特性が、アルコールガスによってどのように変化するかを調べたので報告する。特に、我々は、単層カーボンナノチューブを気相堆積法(CVD)によって合成し、チャネル長が2.5μmと5μmのFETを作成した。ゲートバイアスを印加して、ドレイン電流をモニターし、アルコールガスに暴露された際の変化分を計測した。また、有機トランジスタにおける閾値電圧や飽和電流などの特性の変化を観察した。FETセンサーの構造図と測定系を模式的に図4(a)に示した。100nm厚のシリコン酸化膜でコートされたシリコン基板の上に、鉄とモリブデンの触媒をパターニングし、基板気相堆積法(CVD)によって炭層カーボンナノチューブを合成した。Kong、Daiと共同研究者らがこの手法を開発した。CVD成長は、1インチの石英管において、850℃でアルゴンガス500mL/min、水素50mL/min、メタン500mL/minの混合ガスの中で行われた。それから、ナノチューブを有する基盤を蒸着装置の中に搬送し、メタルマスクを用いて、5nm厚のク1コムと25nmの金からなるソース・ドレイン電極を形成した。ソースとドレイン電極の間隔は、2.5μmと5μmである。このレジストを用いない方法によって、アニールなどの熱処理をなくして、ナノチューブと金属電極間の良好なコンタクトを実現している。ここで、CVDの成長条件は、ソース・ドレイン電極間をナノチューブが架橋するように最適化してある(図4(b)参照)。
あるゲート電圧を印加して、ソースとドレイン電極の間を流れる電流を時間の関数として半導体パラメーターアナライザーを用いてモニターした。この測定は、乾燥窒素を流した状態で、アルコールの飽和ガスもしくは希釈ガスを加えたり、加えなかったりしながら測定した。飽和ガスは、乾燥窒素を室温もしくはその他の温度に保ったアルコール液体中をバブリングさせて用意した。3方バルブは、ガスの流れを純乾燥窒素から飽和ガスに圧力変化なくスムーズに切り替えることができる。純乾燥窒素のみを流す典型的な参照用の実験では、ソース・ドレイン電圧として一100mV、ゲート電圧として一10V印加した。図5(a)では、観察された応答を示す。乾燥窒素を流している状態で、計測を開始してから1秒以内にソース・ドレイン電圧は一定値になった。この値のばらつきは、3%以内であった。ここで、t=0sでバルブを切り替えて、センサーの表面にエタノールの飽和ガスを当て始めると、数秒後にまず鋭いピークが観察され、次に電流値は減少し、一定値になる。ここで、図5(a)の場合については、電流の減衰値は50%で、このプロセスに10秒掛かった。この後、エタノールを掛け続けても、更なる変化は観察されない。ここでバイアス電圧を印加したり外したり、あるいはガスを吹きかけたり止めたりする実験を繰り返し、ガスへの応答は再現性がありまた可逆的であることが分かった。図5(b)に示したように、バイアスを印加した状態で55回ガスを吹きかけた。55本のトレースにおける初期値のばらつきは、4.1%であり、応答後の値は5.2%であった。この図は、応答の再現性と可逆性が極めて優れていることを示している。さらに我々は1時間以上にわたる計測後もデバイスが劣化しないことを確認した。ここで、毎回ガスに暴露した後、ガスへの暴露を止めてかつバイアスを切ると数秒で初期状態に回復することも分かった。
一方で、バイアスを掛けっぱなしにした状態でガスの照射を止めた場合、回復のプロセスは非常に緩やかで、室温において数十分放置しただけでは完全にもとには戻らないことが分かった。既述のように、センサーの回復はバイアスを切ることによって実現される。データーは図5にエタノールの場合だけ示されているが、他のアルコールについても同様の振る舞いが観察されている。我々は、エタノールガスを照射した場合としていない場合について、FET特性の詳細に調べた。ソース・ドレイン電流のゲート電圧依存性を図6(a)に示した。ここでは、ソース・ドレイン電圧はを0から-100mVまで-20mV刻みで掃引した。参照用のデーターでは、Vsd=-100mVかつVGS=-20Vの印加電圧に対して、-1.1μAの飽和電流が流れる。これは、2端子測定の90kΩに相当する。この結果は、本研究のメタルマスクを用いた作成法の優位性を示している。測定された範囲では、ソース・ドレイン電流は、ソース・ドレイン電圧に線形に依存している。また、ゲートバイアスが0の場合にも電流値はゼロにならないのは、意図しなかったドーピングによる効果である。ここで、デバイスをエタノールガスに暴露すると、図6(a)に示したような大きな変化が観察された。この実験では、閾値電圧が3から17Vに変化し、VDs=-100mVかつVGs=-20Vのオン状態の電流値が-1.1μAから-0.32μAに変化した。図6(b)に示したように、ソース・ドレイン電流は、ゲートバイアスの関数である。ゲート電圧が-20Vもしくは-5Vの場合、ガスを吹きかけると電流が減少した。0Vの場合には、電流は一定で変化しなかった。ここで注目したいのは、10Vを印加した場合には、電流が0から-0.18μAにまで増加していることである。この図6(b)の振る舞いは図6(a)と矛盾ない。この結果より、順バイアスを印加すると非常に高感度の計測ができると期待される。
次に、希釈したエタノールをデバイスに吹きかけてみた。図7(a)に示したように、VDS=-100mVかつVGS=-20Vの場合、希釈されたガスの濃度を変えて測定した。分圧は、60mmHgから1mmHgまで変化させた。分圧が60から30mmHgまで変化すると、電流の減衰する傾きが変わったが、飽和した値は同じであった。さらにエタノールの分圧を変化させると、傾きはどんどん緩やかになり、150秒の測定範囲では、飽和値に達しなくなった。図7(a)のインセットに、分圧と時間の積、すなわちドーズ量の関数としてプロットしなおした計測結果を示した。これより、低ドーズ量の側では、減衰の傾きはドーズ量だけで決まることが分かった。ここで、t=80sのドレイン電流の減衰の度合いを分圧の関数として、図7(b)にプロットした。
我々は、ナノチューブFETが様々なアルコールに応答することを見出した。図8に様々なアルコールへの応答を示した。
4.まとめ
今回の研究により、ナノチューブFETが様々なアルコールに対して応答性があることが明らかになった。また、単層カーボンナノチューブのコンダクタンスを水中でも計測する技術が開発された。今後は、ナノチューブに官能基を誘導する技術を駆使して、感度や選択性を向上させることが重要である。