2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

カルシウムイメージングを用いた悪性高熱症の病態解析

研究責任者

山澤 德志子

所属:東京慈恵会医科大学 分子生理学講座 助教

概要

1.はじめに
悪性高熱症(Malignant hyperthermia; MH)の病因は骨格筋の筋小胞体膜にあるリアノジン受容体 の変異によるカルシウム代謝異常で揮発性吸入 麻酔薬や脱分極性筋弛緩薬によって誘発される 麻酔合併症の一つである。常染色体優性遺伝の潜在的筋疾患で日常生活ではほとんど症状はみら れないが誘発薬剤によって発症する。異常な Ca2+ 上昇により、筋収縮が亢進して急速に熱を産生す る。筋が収縮し続けると筋組織が破壊されるので、ミオグロビンが尿中に排泄される。一旦発症する と迅速な診断・治療が行われない場合致死的とな る。現在治療にはリアノジン受容体の阻害薬であ るダントロレンが用いられている。発生頻度は全 身麻酔症例のうち数万人に 1 人と稀だがリアノジン受容体遺伝子検索から 2000 人に 1 人は悪性高熱発症素因があると推察される。悪性高熱症や関連疾患患者の遺伝子解析から 200 あまりのリアノジン受容体の変異が報告されている1、2)。変異多発領域は 3 箇所(領域 1;35~614 番、領域2;2163~2458 番、領域 3;3916~4943 番) あるが(図1)、実際の悪性高熱発症との相関は不明な点が多い。
リアノジン受容体は単量体で約5千個のアミノ酸からなる巨大蛋白分子でCa2+誘発性Ca2+放出(Ca2+-induced Ca2+ release; CICR)の特性をもつチャネルを形成している。図1に示すように6回膜貫通領域(S1-S6)を有し、第5-第6膜貫通領域の間にCa2+イオンの通り道が存在すると推定されている。これらが4量体を形成することによりはじめてイオンチャネルとして機能する。このようにリアノジン受容体遺伝子は巨大であるので変異体を作製する遺伝子操作が困難という問題がある。我々は「カセット構造化」によってこの問題を解決した3)。「カセット構造化」とは一箇所でしか切断しない制限酵素部位をアミノ酸配列に変異を生じないように導入することによって、リアノジン受容体をコードするcDNAを約10分の1毎のサイズに分割し、11個の「cDNAカセット」として切り出して利用するものである。この手法を用いることで容易にかつ迅速に変異遺伝子作製を行うことが可能になり、短期間で変異リアノジン受容体遺伝子を作製できるようになった。さらに、定量的解析が可能になるように全細胞に遺伝子導入を行う実験系の構築を行った。これらの手法を用いて悪性高熱症に係わる変異リアノジン受容体の生理機能を多角的に解析することにより悪性高熱症の機能的変異の同定を試みた。

2.実験方法
悪性高熱発症に寄与する機能的リアノジン受容体変異を解析するために、X 線結晶構造が解かれている4)領域1から着手した(図2)。領域1から変異アノジン受容体遺伝子をカセット化法により 10 種類作製し、HEK 細胞にトランスフェクションして安定発現細胞を作製した5() 図3)。
CICR 活性を評価するためのCa2+イメージングに関してはこれまで用いてきた手法で行った6、7)。リアノジン受容体の野生型(WT)と N 末側の変異体を発現した HEK 細胞に蛍光Ca2+指示薬であるfura-2 を負荷して室温で 30 分インキュベーション・洗浄後、倒立顕微鏡のステージに設置した。モノクロメータを用いて 345 nm と 380nm で励起し420 nm以上の蛍光をCCD カメラで取得し画像解析を行った。細胞周囲だけを瞬時(500 ミリ秒以内)に溶液交換できるよう電磁弁をコンピューターで制御して行った(図4)。

図2 リアノジン受容体の結晶構造
Tung らによって報告された X 線結晶構造解析より得られたウサギリアノジン受容体の構造。
○ を付けた残基( L14 、Q156 、R164 、R402 、Y523、R531)に悪性高熱症で認められている変異を導入した。残基はヒトの残基配列で示す。

図3 リアノジン受容体の発現誘導システム

図4 実験装置の概略図

リアノジン受容体発現HEK293細胞を倒立顕微鏡のステージ上にセットして、細胞内に蛍光Ca2+ 指示薬であるfura-2を負荷した。345nmと380nm の二波長で交互に励起し、420nm以上の蛍光を冷却CCDカメラとPCを用いた画像解析により行った。薬物は、パフィングピペットを用いて細胞に急速に適用した。

3.実験結果と考察
リアノジン受容体の活性薬であるカフェインを投与すると、小胞体から細胞質側に Ca2+放出されることにより細胞内 Ca2+濃度が上昇する。そこで、まず、野生型でカフェインの Ca2+応答を調べると 1 mM カフェインから一過性の細胞内 Ca2+ 濃度上昇が観察され 10 mM カフェインで最大反応を示した(図5;WT)。同様に今回作製した変異リアノジン受容体とで比較した。R533H 以外の変異体(L13R、Q155K、R163C、R163L、R401C、
R401H、Y522C、Y522S)は野生型に比べて低濃度のカフェインで Ca2+濃度上昇を引き起こしたが、10 mM カフェイン(最大反応)のピークサイズは減少した。中でも Y522C と Y522S のカフェインによる Ca2+放出のピークサイズは野生型に比べて約 2 割以下まで減少した。

図6 静止時 Ca2+濃度とカフェインによる CICR 活性の相関
A) 蛍光 Ca2+指示薬 fura-2 を用いて測定した静止時の細胞内 Ca2+濃度。R533H 除く全ての変異体では、野生型よりも静止時の細胞内 Ca2+濃度の上昇を示した。
B) 10 mM のカフェイン誘発性 Ca2+遊離によるリアノジン受容体チャネル活性の比較。R533H 除く全ての変異体でカフェインによる Ca2+シグナルの減少が認められた。
C) 静止時細胞内 Ca2+濃度とカフェインによる Ca2+放出には負の相関が認められた。
D) 10 mM のカフェインによるCa2+放出とATP によるIP3受容体を介したCa2+放出は正の相関を示した。

そこで、静止時の細胞内 Ca2+濃度を詳細に解析すると、R533H 除く全ての変異体では、野生型よりも静止時の細胞内 Ca2+濃度の有意な上昇を示した(図6A)。カフェインによる Ca2+放出のピークサイズ(図6B)と静止時細胞内 Ca2+濃度との関係を調べると、カフェインの最大反応と静止時細胞内 Ca2+濃度の間には負の相関が認められた(図6C)。つまり、静止時の細胞内 Ca2+濃度が上昇すると、カフェインのピークサイズが減 少したことより、変異リアノジン受容体の CICR 活性の亢進はチャネルの構造に影響を与え小胞 体から Ca2+が漏れやすくし、その結果小胞体内腔 の Ca2+濃度が減少している可能性が示唆された。そこで、リアノジン受容体と同様に小胞体膜にあ る IP3(イノシトール三リン酸)受容体を介したCa2+放出活性を調べた。IP3 受容体のアゴニスト である ATP(アデノシン三リン酸)による Ca2+ 放出活性はカフェインによる Ca2+放出活性とは正の相関を示した(図6D)。これらのことより、小胞体内腔の Ca2+濃度の減少が強く示唆された。そこで、実際に小胞体内腔の Ca2+濃度の測定を試みた。クラゲ由来の蛍光蛋白質(GFP)との融合蛋白を用いた Ca2+プローブ(カメレオン)は宮脇らによって報告された8)。これは異なった波長スペクトルを有する GFP を 2 種類用い、シグナル分子である Ca2+認識蛋白との融合蛋白質を作り蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)の程度によって Ca2+結合をモニターする方法である。このカメレオンは細胞質のように Ca2+濃度の低いところは測定可能であるが、~mM もあるような小胞体内腔の Ca2+動態はモニターできなかった。近年、Ca2+認識蛋白に変異を入れて Ca2+との結合の親和性を下げた改変カメレオンに小胞体移行シグナルをつけて小胞体内腔の Ca2+動態だけを選択的にモニターできるように設計したプローブが報告された9)。このプローブをさらに改良した小胞体内腔の Ca2+プローブ10)を HEK 細胞に遺伝子導入することにより、小胞体内腔 Ca2+濃度を測定した(図7A)。予測どおり、小胞体内腔の
Ca2+濃度は、野生型(WT)に比べて変異体(Q155K、R163C、Y522S)では減少していることが観測できた。この結果は、静止時の細胞内 Ca2+濃度の高い変異体はチャネル構造に関わる変調によりCa2+が小胞体から漏れやすくなっている可能性を支持するものである。

また同一細胞において、細胞質Ca2+濃度と小胞体内腔のCa2+濃度変化の同時測定を試み、細胞質のCa2+濃度が上昇した時には小胞体内腔ではCa2+濃度が減少することを示せた(図7B)。
近年ミトコンドリアと小胞体の間でCa2+のやり取りが存在しているということが報告されている9)。そこで、変異体における小胞体内腔Ca2+ 濃度の減少がミトコンドリアに影響を及ぼすかどうかについて検証した。野生型(WT)と変異体(Q155K、R162C、R163L、R401C、R401H、
Y522C、Y522S)の電子顕微鏡による形態を比較すると、最も小胞体内腔Ca2+濃度の減少が認められたY522S変異体におけるミトコンドリアの形態は他と比べて、巨大化しているミトコンドリアが多く観察された(図8;アスタリスク)。さらに詳細な解析が必要である。

図8 ミトコンドリア形態の比較
野生型(WT)と変異リアノジン受容体発現 HEK293 細胞(Q155K、R162C、R163L、R401C、R401H、
Y522C、Y522S)におけるミトコンドリの形態解析。透過型電子顕微鏡像。上のパネル; 1,500 倍率、下のパネル; 15,000 倍率。*は Y522S 変異体で観察された巨大ミトコンドリアを示す。

図9 分子動力学計算法によるシミュレーションとCa2+放出活性
A) 野生型(WT)リアノジン受容体の構造。青;ドメインA、緑;ドメインB、赤;ドメインC。結晶構造はPDB(ID。2XOA)から入手し、分子動力学シミュレーションソフトの Amber(vers.11)を用いて悪性高熱症変異残基に置換した。赤紫色の数字はドメイン間に形成された重要な静電結合を示す(E480-R242、E447-R45、E397-R221、A55-R281、E40-R402)。黄色矢印は変異した残基。計算はシステムの最小化および平衡化の後、サンプリング時間は、一定温度(310K)及び一定圧力(1 気圧)条件下で行った。
B) アミノ酸の対での静電結合の形成の可能性は、総サンプリング時間(900 p 秒)に対する百分率として示した。野生型と各変異体(L13R、Q155K、R162C、R163L、R401C、R401H、Y522C、Y522S)は 10 回の計算の平均値を示した。
C) 静電結合の形成確率とカフェイン誘発性Ca2+の放出との相関。E447-R45 残基とE397-R221 残基間との静電結合の確率は、10 mM のカフェイン誘発性 Ca2+の放出のピークの大きさに弱い相関を示した。

悪性高熱症による変異によるリアノジン受容 体チャネル構造に与える影響を検証するため、蛋白質のダイナミックな構造変化を予測できる分 子動力学計算法によるシミュレーションを行っ た。Ca2+シグナルの解析から得られた機能変化が、計算による静電結合パターンに相関があるかを 検証するためである。これより、A-C ドメイン間( E447-R45 残基)と B - C ドメイン間(E397-R221 残基)の結合確率が、カフェインによる Ca2+放出のピークサイズと弱いながら正に相関することが認められた(図9)。静電結合の

結合確率が高い程、カフェイン誘発性 Ca2+の放出が大きくなるということは、変異によってこれらの結合が弱くなることが小胞体からの Ca2+リークを起こす原因にある可能性が示唆された。今回の研究により、E397 と R221 残基の間の結合が機能的に重要である示唆された。
我々は以前一酸化窒素(NO)が細胞内 Ca2+上昇を引き起こすことを発見し、そのメカニズムを解明してきた。NO による Ca2+上昇は、細胞内小胞体にあるリアノジン受容体を介する Ca2+放出機構(NO-induced Ca2+ release; NICR)であることを明らかにした(図 10)。NO の下流におけるシグナル伝達がサイクリック GMP を介するのではなく NO によるリアノジン受容体の S-ニトロシル化を介することを突き止めた。また、NO による神経細胞死と NICR の関連を示す結果を得た6)この結果は NICR に対する変調を加えることが、脳虚血などの病態を改善する有用な手段になる可能性を示唆した。この研究により我々は
NO が Ca2+を動員させる(NO が Ca2+の上流に位置する)という新しい概念(NICR)を提唱した。リアノジン受容体を活性化するものとしてカフェインが知られているが、NO がリアノジン受容体の内因性アゴニストになることを突き止めたことになる。これまで一貫して Ca2+シグナルの研究に携わり、NO シグナル・Ca2+シグナル連関機構を追及することは NO に関連した生理機構あるいは病態の理解に直結すると考えている。リアノジン受容体遺伝子突然変異が原因とされている悪性高熱症における CICR 活性に対する NICR の関与を調べると、CICR 活性が高い程、NICR 活性が高い傾向が認められた。現在詳細に解析中である。

図10 NO による Ca2+放出機構

4.まとめ
本研究により、悪性高熱症の変異には CICR 活性が亢進する機能的変異とCICR活性には影響を 与えない変異があることが明らかになった。また、
CICR 活性が亢進した変異リアノジン受容体は、静止時の細胞質Ca2+濃度の上昇、小胞体内腔 Ca2+ 濃度の減少を示した。これらより、リアノジン受容体チャネルが漏れやすくなっている可能性が示唆された。分子動力学計算によるシミュレーシ

ョンにより、CICR 活性と弱いながらも相関が認められた。このことより、全結晶が解かれましたら、分子動力学計算法によりある程度機能予測ができることが期待できる。今後は領域2、C 末側の領域3の変異について網羅的に解析を行い、機能的変異を突き止めたい。機能的変異が同定されていけば、悪性高熱症を予測する低侵襲な検査の開発に繋がる可能性が期待される。