2014年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第28号

カソードルミネッセンス顕微鏡による細胞内蛋白質のマルチカラーナノイメージング

研究責任者

新岡 宏彦

所属:大阪大学 ナノサイエンスデザイン教育研究センター 特任助教

研究責任者

橋本 守

所属:大阪大学 基礎工学研究科 機能創成専攻 准教授

概要

1. はじめに
細胞の機能は、複数種の蛋白質が相互作用することによって発現しており、それぞれの蛋白質の位置情報を同時に、正確に取得する事は細胞の機能を知る上で非常に重要である。これまで、蛍光顕微鏡やそのプローブである蛍光分子、蛍光蛋白質の発展により様々な細胞機能が明らかになってきたが、蛍光顕微鏡を用いた観察では回折限界によりその空間分解能はおよそ200 nm 程度に制限されていた。電子顕微鏡を用いると数nm の空間分解能で細胞内小器官等の構造を観察することができるが、蛍光顕微鏡のように複数の分子種を同時に見分けることはできなかった。
カソードルミネッセンス(CL: cathodoluminescence)顕微鏡は試料上において電子線を走査し、試料からの発光を計測する顕微鏡である。光源に電子線を用いるため、焦点サイズは数nm オーダーに達し、光学顕微鏡を用いた場合よりも高い空間分解能で試料観察が可能である。また、CL 発光波長の異なるナノ粒子をプローブとして用いることで、蛍光顕微鏡のようにカラーで生体分子種を見分けることが可能となる。従って、CL 顕微鏡は細胞の高空間分解能観察とカラーイメージングの両立が可能な顕微鏡といえる。
本研究では、細胞内蛋白質分布のマルチカラー高空間分解能観察を目指し、カソードルミネッセンス顕微鏡用のプローブの開発を行なった。電子線照射下において赤、青、緑に発光するナノサイズの蛍光体(ナノCL 体)の作製および微細化を行なった。また、微細化に伴う発光強度の低下を補うため、Zn の添加によりナノCL 体の発光増強を行なった。さらに、細胞内に取り込ませたナノCL体のCL イメージングに成功した。
2. CL 顕微鏡
図1 にCL 顕微鏡の概略図を示す。本研究では、走査型電子顕微鏡(SEM:JEOL, JSM-6500F)をベースとし、集光ミラーや光ファイバー、分光器、CCD、PMT により構成されるCL 計測系(HORIBA)を取り付けた顕微鏡を用いた。計測においては試料上を電子線が走査され、試料から生じたCL 光は楕円面境により光ファイバーへ導入される。その後、分光器を通して光電子増倍管(PMT)またはCCD によって計測される。このとき、CL スペクトルの取得にはCCD を用い、CL イメージング取得にはPMT を用いた。
3. 三種のナノCL 体作製
Y2O3:Tm, Y2O3:Tb, Y2O3:Eu は電子線照射によってそれぞれ青、緑、赤色に発光することが知られている。FED(フィールドエミッションディスプレイ)等へ応用が検討されていた材料であるが、我々はこれに着目し、CL 顕微鏡による細胞イメージング用のプローブとして使用できないかと考えた。ゾルゲル法により上記材料のナノ粒子(ナノCL 体)の作製を行ない1)、それぞれのCL スペクトルを計測すると、図2 に示すような三色のスペクトルが得られた。発光の線幅は非常に狭く、バンドパスフィルター等により容易に分けることができる。この結果から、少なくとも三種以上の生体分子のカラーイメージングに応用できるといえる。
4. 細胞のCL カラーイメージング
作製した三種のナノCL 体を細胞内に取り込ませ、CL イメージングを行なった。細胞にはマウスのマクロファージ細胞系(J744A.1)を用い、食作用によりナノCL 体を導入した。細胞内部に存在するナノCL 体を観察するために、細胞試料は固定、脱水、エポキシ樹脂包埋の後、厚さ500 nm の切片としSi 基板の上に乗せ、飽和KOH/ethanol 溶液によりエポキシ樹脂を洗い流した。切片化までの行程は細胞試料を透過型電子顕微鏡(TEM)観察する際に用いる一般的な手法である。
図3 にSEM 及びCL イメージングの結果を示す。SEM 像では3 つの凝集したナノCL 体が白い塊として観察される。SEM 像からはそれぞれのナノCL 体の種類までは見分けられないが、CL 像では発光波長から見分けることが可能である。従って、これらのナノCL 体を用いることによりカラーイメージングが可能であることが示された2)。
5. レーザーアブレーションによるナノCL 体の微細化および分散化
図3 では、ナノCL 体が凝集してしまい大きな塊となってしまっていた。これでは、ナノCL 体を生体分子に取り付けイメージングをしても目的の生体分子の位置を正確に知ることは難しい。そこで、液相レーザーアブレーション法により、ナノCL 体の微細化及び分散化を行なった。液相レーザーアブレーション法は、溶液中の金属、セラミクス、有機結晶等に高強度のパルスレーザーを集光することによってアブレーションを誘起し、それらの微粒子を作製する手法である4)、5)。
水中にナノCL 体(Y2O3:Eu)を混ぜ、スターラーで撹拌しながら、ナノ秒Nd:YAG レーザー(Newwave research, Tempest)の2 倍波(532 nm, 10 Hz,20 mJ/pulse)を単レンズ(F=100 mm)により集光した。図4 に液相レーザーアブレーション処理前後におけるナノCL 体のSEM 像とTEM 像をそれぞれ示す。図よりナノCL 体の分散化及び微細化に成功していることが見て取れる。また、TEM 像では20 から50 nm 程度の粒径を持つ球形のナノCL 体が観察された。これは、レーザー焦点にて一度ナノCL 体が溶融し、表面張力により球形となった後、液中で冷却されることによって形成されたと推察される。
6. ナノCL 体の高輝度化
液相レーザーアブレーション法によりナノCL体が微細化され体積が小さくなると、発光強度が減衰する。これでは、CL イメージングに時間がかかることや、そもそも計測できない程発光強度が弱くなるという問題が発生する。そのため、我々はZn の添加によるナノCL 体の高輝度化を行なった。
ナノCL 体の母材であるY2O3 は電気伝導性が低いため、電子線照射により容易にチャージアップを引き起こす。すると、照射電子は表面の電荷により減速され、ナノCL 体の奥まで侵入できない。その結果、発光強度が減少する。Zn を加えるとナノCL 体に電気伝導性を付与する事が可能であり、発光強度が増加するという仕組みである5)、6)。図5 に添加したZn の濃度、CL 発光強度、照射する電子線の電流量の関係を示す(Zn の濃度はモル%で表わしている。30%のとき(Y0.95-XEu0.05ZnX)2O3,X = 0.30 である。)。Zn の添加によりCL 発光強度が上昇していることが見て取れる。また、Zn の濃度が30%のとき、Zn を添加しない場合と比べておよそ6 倍程度の発光強度増加が観察された。計測には粒径およそ200 nm 程度のナノCL 体を選択した。
次に、Zn 濃度15%のナノCL 体のイメージングを行なったところ、粒径30 nm の微小ナノCL 体の観察に成功した(図6)7)。この結果により、CL顕微鏡を用いた高空間分解能生体分子イメージングへの端緒を得た。
7. 細胞中高輝度ナノCL 体のCL イメージング
液相レーザーアブレーション法により処理したナノCL 体(Y2O3:Eu/Zn, Zn 濃度は30%)を培養液に導入し、食作用によりHeLa 細胞に取り込ませた後、図3 の実験時と同様に細胞試料を調整し、SEM 及びCL 観察を行なった。図7 にその結果を示す。SEM 像では、粒径200 nm 程度の2 つのナノCL 体がエンドサイトーシス小胞中に観察される。CL 像ではSEM とほぼ同様の空間分解能でそれらのナノCL 体が観察された。従って、細胞中のナノCL 体も高空間分解能で観察できることが示された。また、SEM により細胞の構造まで観察でき、CL 像と組み合わせることにより、細胞構造と蛋白質分布を同時に観察できるようになると考えられる。
8. ナノCL 体を用いた細胞の蛍光観察
本研究で用いているナノCL 体は波長220-270nm 程度の紫外線照射によって蛍光を発する。図8(a)にY2O3:Eu の励起スペクトル及び蛍光スペクトルを示す。蛍光波長は希土類元素に由来し、CL発光スペクトルと殆ど変わらない。また、Zn を添加しても励起・蛍光スペクトルは殆ど変化しない。
図7 の実験時と同様、液相レーザーアブレーション法により処理したナノCL 体(Y2O3:Eu)を食作用によりHeLa 細胞に取り込ませた後、蛍光観察を行なった。図7 に観察した細胞の(a)透過像、(b)蛍光像、(c)マージ像をそれぞれ示す。食作用により細胞質内に取り込まれたナノCL 体が観察できている7)。また、ストークスシフトが大きいため自家蛍光の影響が殆ど無いことが分かる。
近年、同一試料を蛍光顕微鏡と電子顕微鏡を用いて観察することにより、多くの情報を得ることが可能な光・電子相関顕微鏡法(CLEM : Correlative Light and Electron Microscopy)について報告がなされているが、本ナノCL 体は光励起でも電子線励起でも発光を呈するため、CLEM用の蛍光体としても有用であると言える。
9. まとめ
電子顕微鏡像を蛍光顕微鏡像のようにカラーにし、色によって分子種を見分けることを目指し、電子線によって発光を呈する3 色の蛍光体(ナノCL 体)の作製を行なった。ナノCL 体を用いて細胞のカラーイメージングに成功した。また、ナノCL体の微細化・分散化および高輝度化に成功した。さらに、粒径30 nm のナノCL 体のCL イメージングにより、CL 顕微鏡による高分解能生体分子観察が可能であることを示した。ナノCL 体はCL 発光だけでなく蛍光も呈するため、細胞の蛍光観察が可能であることを示した。