1987年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第01号

オプトエレクトロニクスを活用した活動電位の光学的超多部位同時測定装置の開発研究

研究責任者

神野 耕太郎

所属:東京医科歯科大学 医学部 第二生理学教室 教授

共同研究者

広田 秋彦

所属:東京医科歯科大学 医学部 第二生理学教室  助手

共同研究者

酒井 哲郎

所属:東京医科歯科大学 医学部 第二生理学教室  助手

共同研究者

小室 仁

所属:東京医科歯科大学 医学部 第二生理学教室  助手

概要

Ⅰ.まえがき
神経系における情報は活動電位として伝えられ,筋細胞における収縮は細胞膜に発生する電気的興奮すなわち活動電位と連関して発生する。このような活動電位は,通常,先端の直径が0.5,μm以下の尖った細いガラス微小電極を細胞に刺入して測定される。しかしながら,この方法では,細胞が電極の刺入に耐えられるほど大きいことが必要であり,また多数個の細胞,あるいは多数ヶ所の部位から活動電位を同時記録するということは技術的にほとんど不可能である。このような,従来の電気生理学的方法の適川限界を補ないうる一つの方法として,活動電位を光学的に検出する方法が開発されてきた。
この方法は膜電位の変化にともなって見られる光学的変化にその基盤を置いている。膜電位依存性の光学的変化には,膜そのものの光学的性質の変化に由来する複屈折性とか光散乱など内因性(intrinsic)の変化と,細胞膜をある種の色素で染色したとき観測される蛍光,吸光,複屈折などの外来性(extrinsic)の変化に分類される,これらのなかで,内因性の変化は非常に小さいので,活動電位の光学的測定には外来性の蛍光あるいは吸光変化を用いている。
光学的変化の大きさは,通常,背景光の強度に対する変化分の比,すなわちfractional changeとして表わす。吸光あるいは蛍光のfractional change(△A/A;△F/F)は静血上電位から±100mVの生理的範囲では,近似的に膜電位と直線関係で対応づけられることがイカ(Loligo pealei)の巨大神経線維を用いた電位固定法による実験で確かめられている。
このような膜電位の光学的測定についての,これまでのデータの蓄積を背景にして,われわれは,活動電位を多数ヶ所の部位から,光学的に同時測定する装置の開発研究を進めてきた。
Ⅱ.研究内容と成果
1.膜電位感受性色素
活動電位測定用のプローブとしての色素は,(1)膜電位変化に高感受性であること;(2)膜電位変化に対する応答時間が短いこと;(3)細胞に対して光化学的,薬理学的毒性を与えないこと;(4)退色時間ができるだけ長いこと,という条件を満たしていることが必要である。このような選定基準をもとに,ポテンシアル・プローブとして,merocyanine-rhodanine系,oxonol系,styryl系の色素が選び出されたが,さらに,われわれは,よりすぐれたプローブとして,図1に示したような,merocyanine-rhodanine系色素のローダニン核についているアルキル基をブチルにした色素(NK2761)を開発合成した。しかし,アルキル基をこれより長くすると生理的塩溶液に溶けにくくなる。これは色素の疎水性の増大によることが考えられる。
2.測定装置の作製
図2はわれわれの研究室で組み立てた測定装置の模式図である。これは光学系,検出系,増幅系,記録系およびコンピュータで構成されている。
光学系:光学系には大型の光学顕微鏡(Olympus Vanox, model AHB-LB-1)を用いている。干渉フィルタによって準単色光にした光源からの光で,載物台ヒのチェンバに固定された試料を照射し,拡大された実像面からフォトダイオードで試料からの透過光(吸光)の変化を検出するように設計されている。
光源:本装置でも,分光測定と同様,光源は放射強度が波長全域にわたって一様であり,強度が大きいことが理想であるが,このような条件に近いものとして,ハロゲン-タングステン・ランプがもっとも適していることが確かめられた。
光源としてハロゲン-タングステン・ランプを用いる場合,輝度が大きいことが望ましいので,フィラメントは一重コイルで,その長さは0.4~0.7cmぐらいのものを選んで使用した。ハロゲンータングステン・ランプには,色温度が2,900Kから3,400Kまでのものが市販されているが,われわれは,現在,3,400Kのものを用いて,よい結果を得ている。
検出系:光学的信号のディテクターとしては,100個あるいは144個のシリコンフォトダイオードディテクター(Matrix Array Type Photodiodes, MD100 or MD144)を採用した。これは図3に示すように,1.4×1.4mmのフォトダイオードを10×10あるいは12×12のマトリックス型に並べたもので,各エレメント間は0.1mmの幅で絶縁されている。これらの特性を表1にまとめておく。
記録系:これに100~144個のI一Vコンバータを連結し,そこから電気信号(outputs)を100~144個のアンプリファイアによって増幅して,まず多チャンネルレコーディングシステムに記録する方法をとった。
レコーディングシステムとしては,PCMデータレコーディングシステムRP-890シリーズ(NF回路設計ブロック)を川いている。これはメインプロセッサ,1/0プロセッサ,ウェーブメモリおよびカセット式VTRから構成されている。1/0プロセッサでアナログ信号はディジタル:一,,一に変換されてメインプロセッサに入り,ここでさらにビデオ信号に変換されて記録される。記録された信号はコンピュータへ転送され,シグナルの表示,解析を行なうことができる。
アナログデータの入力部である1/0プロセッサは16チャンネルからなり,これを増設することによって最高128チャネンルにすることができ,この方式によって,われわれは最高128ヶ所の部位から活動電位を同時記録するシステムを完成した。
なお,われわれは心リズムの解析などのために比較的長時間の連続記録を必要とするため,このようなレコーディングシステムを採用したが,これの代りにマルチプレキサとA/D変換器を介して,直接コンピュータのメモリーにデータを転送することもできる。
レコーディングシステムからコンピュータへのデータ転送はウェーブメモリを経由して行っているが,この方式では,レコーダの再生バス上のデータを直接メモリにF1き込むため,収録時にA/D変換されただけの精度の高いデータを扱うことができる。ソフトウェアは,われわれの研究室で独自に開発作製したものを用いている。
3.雑音対策
光学的信号の測定で遭遇した最も重要な問題の一つは,雑音(noise)対策である。光検出器を組み込んだ測定システムにおいて,雑音の原因になる要因は多く,また複雑であるが,膜電位とそれに関連した現象の光学的測定では,次のような種類の雑音が実際上問題となる。
(1)ディテクター内の光電流の不規則な量子的ふるまいに起因した,いわゆるショット雑音
(2)ディテクター内の暗電流による雑音
(3)光源の光量の変動による雑音
(4)被検試料の微小な動きによる雑音
(5)その他,電子回路系,シールディング,周辺光による雑音。
測定しようとする信号が小さい場合,これらの雑音を極力小さくすることが要求される。
透過光あるいは蛍光のシグナル(△1あるいは△F)のfractional changeは背景光(1あるいはF)の比として△1/1,あるいは△F/Fと表わせるが,これは用いられたプローブ,および被検体(測定すべき現象をふくめて)の性状に依存する。
一方,ディテクターで受ける透過光,蛍光シグナルと雑LLFIとの比(S/N)T,(S/N)Fは,次のように表わせる。
信号対雑音比(S/N)についてこのような特性にもとついて,ディテクターの選定,入射光量の調節などを検討した。
4.分解能
当然のことながら,この測定方法にも実際の測定に当って適用面における限界と困難性がある。その中で,現在,われわれが直面している問題点は三次元的分解能(three-dimensional resolution)とでもいうべきものである。すなわち,現在の測定システムでは光が透過できるほど薄い試料,光が透過できないような厚い組織では表面とそれに極く近い層からしかシグナルを捉えることができない。この困難性を克服するためには新しい方法が開発されることが期待される。これはわれわれの研究テーマの一つともなっている。
もう一つは二次元分解能(spatial resolution)であるが,これについて,少なくとも原理的に限界はないと考えてよい。ヒルとかウミウシなど無脊椎動物の神経節では,一個の神経細胞から活動電位を容易に記録できるが脊椎動物の中枢神経系とか心臓では一個の細胞からの活動電位を記録することは現段階では難しい。これまでに,われわれは初期胚心臓で約25μm2の領域からのシグナルの記録に成功している。さらに,解像力をこれ以上にあげるために,(a)より大きな開口数を持ちかつ高倍率の水浸対物鏡の使用,(b)レーザーマイクロビームを用いたシステムの開発などを検討している。
時間分解能は膜電位変化に対する色素の応答時間が最も大きな要因となるが,現在用いているmerocyanine-rhodanine系色素では2.0μ秒という値が得られている。
Ⅲ.測定例
活動電位の光学的超多チャンネル測定装置を用いて,われわれは,(1)個体発生にともなう心機能形成の初期過程,(234578}(2)個体発生における神経系の機能構築,(1)(3)成体心における興奮の心房内伝播パターンの解析(6)を行ってきたが,ここでは,鶏胚脳幹と蛙心房筋での測定例を挙げる。
図5は,NK2761で染色したウシガエル心房標本の自発活動電位を12 × 12フォトダイオードアレイを用いて,128ヶ所から同時記録したものである。このような測定によって,興奮伝播パターンの解析,ペースメーカー領域の同定,興奮の旋回現象など心機能の病態生理学的研究へのルートを開くことができた。
図6は,鶏胚(ふ卵7日)の眼神経一三叉神経節一脳幹標本をNK2761で染色して,眼神経を吸引電極で刺激して脳幹部位から12 × 12フォトダイオードアレイで測定した誘発活動電位である。このように,光学的多チャンネル測定によって活動電位発現のリアルタイムマッピングが容易にでき,眼神経~三叉神経一脳幹系における機能的連絡構造の形成を追跡することが可能になった。
Ⅳ.まとめと展望
活動電位の光学的多位部同時測定法はまだ決して完成したものではなく,解決すべきいろいろな問題をふくんでいるが,現時点において少なくとも,最高128ヶ所の部位から活動電位を同時記録することができるようになった。これは,心機能,中枢神経系機能などの統合的構築の研究に強力な方法になると考えられる。さらに,測定方法の検討,装置の改善などを進めながら,より広い範囲での適用について検討していきたい。