2006年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第20号

エコートラッキングによる超音波定量診断法の骨癒合判定への応用に関する基礎的研究

研究責任者

大西 五三男

所属:東京大学 医学部 整形外科・脊椎外科 専任講師

共同研究者

松山 順太郎

所属:東京大学大学院 医学系研究科 博士課程

共同研究者

中村 耕三

所属:東京大学医学部 整形外科・脊椎外科 教授

概要

1. はじめに
高齢者の人口比の増加による骨粗鬆症性骨折の増加また交通外傷による骨折の増加が著しいなか骨折の治療法は進歩したが、骨折の治癒経過を定量的に判定できる方法の開発は著しく遅れており、今なおX 線写真に依存している。しかし、これは観察者の主観による評価であり骨折の種々の治療の効果を判定できる非侵襲の定量的診断方法については実用的な、また汎用的な良い方法がないのが現状である。また臨床に用いることのできる骨癒合の定量的な判定法についての研究も少ない。手術後の固定装置の除去時期の決定や治療後の患者の活動度の適切な判断は患者の社会復帰に際し非常に大切な問題であり、骨癒合を非侵襲的に、汎用できかつ安価に診断できる方法の開発が望まれている。
我々はこれらの問題を解決するために骨癒合判定の可能な新たな測定法を開発することを試みた。骨は荷重に対し変形を起こすがその際、粘弾性体である骨は弾性・粘性・塑性といった様々な特性を示す。よって、この変形を定量的に評価することにより骨の力学的特性が評価可能である。我々はこの骨の変形を計測するために超音波を用いることとした。超音波は非侵襲に骨表面の情報を取得することが可能であるが精確な骨表面の計測を行うためにエコートラッキング法を用いた。
我々の最終的な目標は、生体における骨の荷重変形測定を精確且つ定量的に行い、骨癒合判定を可能にする診断装置を開発することである。この目的のために骨の力学的特性を非侵襲に検出可能とする手法の検討を基礎的実験を通じて行った。

2. 超音波エコートラッキングについて
超音波測定においてB モード画像における測定対象物の距離の測定精度は超音波の波長に依存する。例えば7.5MHz のプローブを用い測定した場合は波長の距離分可能の限界である約210μmが精度となる。それに対し、エコートラッキング(ET)法は組織からのRF エコー信号の位相を検出して、超音波の波長以下の精度で組織の微小変位を計測する技術である。このET 法は血管径を測定する手段として確立されているが今回我々は、骨の微小変位を計測可能とするためにRF エコー信号を骨に特化する形で処理を可能とし、より高精度な測定が可能となるET 計測システムを開発した。(図1)これにより金属平板を用いた実験では2.6μm の精度が実証された。
さらに、骨計測用に同時多点でET 測定が可能なシステムを開発した。既存の血管用のET 装置では測定はB 画像上の1ラインにおいてのみ可能であったが、このシステムではプローブ長軸上の40mm のスパンに10mm 間隔に5 点のET 計測点を設けB 画像上にて測定部位を設定可能なものとした。これにより1点計測での骨の変位測定から多点計測による骨の変形測定が可能となると考えられる。

3.1 方法
この骨計測用に開発したET システムを用い基礎実験を行い臨床測定の可能性を検討した。ET 計測の測定精度は金属平板を用いた実験により2.6μm の精度が実証されているがさらに動物骨の骨表面を測定する変位測定実験を行った。続いて、臨床測定を行うための測定法とその精度について2 つの検証実験を行った。多点計測による剛性評価法について動物骨を用いた実験を行い、1 点計測による粘性評価法については粘性材料を用いた骨折モデルを作成し実験を行った。

動物骨測定精度評価実験
骨表面におけるET 測定の精度評価を行うために豚脛骨の両固定端による3 点曲げ試験を行った。摘出後新鮮凍結された長さ260mm の成豚脛骨を用いた。周囲軟部組織を剥離したのち脛骨後面が下方になるよう力学試験機(Tensilon UTM-2.5T:A&D,東京)上に載せ214mm のスパンにてレジン(GCOstron2:GC,東京)にて両端固定とした。7.5MHzの超音波プローブ(UST―5710-7.5:アロカ、東京)を脛骨後面に対し垂直に20mmの距離にて固定し脛骨後面の荷重中心部の一点にてET 計測が行えるように設定を行った。また、脛骨後面の荷重中心部から近遠位の骨軸に沿った50mmの部位に各々3 軸の歪ゲージ(KGF-1:共和電子,東京)を貼付した。これにより荷重による骨の変位と歪変化を2 つの計測機器にて同時計測が可能なようにした。(図2)荷重は25mm 幅のレジン圧縮子にて準静荷重と3 サイクルの動的荷重の2 種類を行った。0.1mm/sec の速さにて圧縮子を0.7mm 変位させ0~5760N の荷重が得られた。測定のサンプリングはET 計測では500Hz、歪ゲージでは100Hzにて行い、ET 計測による荷重中心部の変位量と2つの歪ゲージによる最大主歪量を比較した。実験を通じ脛骨は乾燥しないよう生理食塩水にて湿潤を保ち測定中の室温は22℃一定とした。統計学解析は、ET 計測値と歪ゲージの最大主歪との相関をピアソンの相関係数用いて求め、P<0.05 を有意とした。

ET・strain(ETS)測定の精度評価実験
ET 多点計測法により骨表面の変形を測定するために豚脛骨の両自由端による3 点曲げ試験を行った。摘出後新鮮凍結された長さ230mm の成豚脛骨を用いた。周囲軟部組織を剥離したのち脛骨後面が下方になるよう力学試験機(Servo Pulser:Shimadzu, 東京)上に載せ両自由端となるよう両骨幹端を115mm のスパンを持つローラー支持とした。7.5MHz の超音波プローブ(UST―5710-7.5:アロカ、東京)を脛骨後面に対し垂直に20mmの距離にて固定した。この際,プローブは支持スパンの中心とET 測定5 点の中心点が一致し且つET測定5 点が脛骨後面の骨軸線に一致するよう設定を行った。(図3)また,脛骨後面の支持スパンの中心部から近遠位の骨軸線に沿った5mmの部位に各々3 軸の歪ゲージ(KGF-1:共和電子,東京)を貼付した。(ET 計測点の2,3 番間と3,4 番間)また、3 軸のうち1 軸が骨軸線に一致するようにしそれぞれの歪ゲージ表面を防水のためにタール(横浜ゴム,東京)にて被覆した。これにより荷重による骨の変形と歪量変化を2 つの計測機器にて同時計測が可能なようにした。荷重は25mm幅のレジン圧縮子にて100N のプレ荷重から1500Nまで100N 単位で段階的に各々25N/sec の速さにて加えた。ET 計測値は以下のように評価を行った。測定された5 点の変位量は3 次スプライン曲線にて補間し、この補間曲線とET 計測の第1、5 点を結ぶ直線との距離を算出しこれを第1 点と5 点を結ぶ直線との距離にて除したものをET・strain(ETS)として定義した。ETS = D / L ここでL は第1 点と5 点を結ぶ直線との距離(40mm に近似される)でD は第1点と5 点を結ぶ直線と補間曲線との最大距離を表す。各荷重値におけるET 計測によるETS の値と2 つの歪ゲージによる骨軸線上の歪量を比較した。測定のサンプリングはET 計測では100Hz、歪ゲージでは100Hz にて行い、実験を通じ脛骨が乾燥しないよう生理食塩水にて湿潤を保ち測定中の室温は22℃一定とした。統計学解析は、ETS の値と各々の歪ゲージの歪量との相関をピアソンの相関係数用い求め、P<0.05 を有意とした。

骨折モデル粘性測定実験
5つの異なる粘性を有する材料(POM:ポリアセテート、PC:ポリカーカーボネート、PP:ポリプロピレン、PE:ポリエチレン、PS:ポリスチレン)を用いET 計測による粘性の評価実験を行った。まず,5材料から5×30×2 mm のテストピースを作成し粘弾性測定装置(Reogel-E4000:UBM,京都)にて粘性値(Tanδ)を求めた。測定条件は0.1Hz の荷重周波数とし、POM とPC については引っ張り試験、それ以外は両端固定の3点曲げにて測定を行った。いずれの測定も25 度の環境下で行われた。続いて形状と剛性を健常脛骨に模した骨モデル(Sawbones, USA)を中央部で切断し5本の横骨折モデルを作成した。切断面の中空となっている部分に同じロッド番号の各5部材を円柱に採型し挿入し骨折断端の間隔が5mm となるところで接着剤にて固定した。骨軸線上で遠位の骨折断端から10mm の位置をET 計測点とし、この点から遠位・近位へ骨軸にそれぞれ107mm の点を支点とし両端支持とした。設置された骨折モデルの上面において遠位の骨折断端から10mm の位置から20mm 遠位に幅20mm のレジン圧縮子を作成しこれにより周期的な変位を加えた。(図4)圧縮子によりプレ変位を加えた状態から変位幅1 mm にて0.1Hz の周波数で12 周期のサイン波を加えET計測点から20mm の距離に垂直に設置されたプローブによりET 測定を行った。ET 測定はサンプリング速度500Hz にて11 周期目に施行しET 変位データ・荷重データよりET 粘性値(ET・Tanδ)を求めた。ET 測定による粘性値は以下のように定義し算出した。ET・Tanδ: δ= ET 変位周期遅延時間 / 1 周期時間 ×360°測定は24.9 ~ 25.1 度の環境下で行われた。各材料6測定行いET・Tanδの平均と標準偏差を算出し粘弾性測定装置の粘性値(Tanδ)と比較した。統計学解析は、粘弾性測定装置により測定した粘性値(Tanδ)と骨折モデルの3点曲げ試験においてET 計測された粘性値(ET・Tanδ)との相関をピアソンの相関係数を用い求め、P<0.05 を有意とした。

3.2 結果
豚脛骨を用いた両端固定の3 点曲げ実験で,準静荷重量における計測では脛骨後面に貼付された歪ゲージの最大主歪は最大荷重(5780N)に対し近位で1077 micro strain、遠位で1350 microstrain であった。この最大荷重時における脛骨後面のET 計測による変位量は678.5 μm であった。荷重中における同時計測されたET 計測による変位量と歪ゲージの最大主歪の相関は近位歪ゲージとの間ではr=0.999(P<0.05)、遠位歪ゲージとの間ではr=0.996(P<0.05)と有意に強い相関がみられた。(図5)繰り返し荷重における計測では荷重量と最大主歪の関係を示したグラフで近遠位の歪ゲージとも粘弾性を示す典型的なヒステリシスループを描いていた。一方、荷重量とET 計測の変位量の関係を示したグラフにおいてもヒステリシスループを描いていた。(図6)豚脛骨の両自由端による3 点曲げ試験の結果,各荷重値におけるET 計測によるETS の値と歪ゲージによる骨軸線上の歪量はいずれの歪ゲージともr=0.998(P<0.05)と有意に強い相関がみられた。(図7)最大荷重値(1500N)における歪ゲージの骨軸線上の歪量は近位で1154.6 microstrain,遠位で1160.4 micro strain であった。5材料の粘弾性測定装置の結果はTanδにて0.009(PC)から0.114(PE)の範囲を示した。骨折モデルの3点曲げ試験においてET 計測された粘性値(ET・Tanδ)は0.081 から0.186 の範囲を示し標準偏差はいずれも0.007 以下であった。(図8)相関係数は0.9407 で有意差が見られた。

3.3 考察
豚脛骨の両端固定による3 点曲げ試験による計測を行った目的はET 計測により実際に荷重による骨の変位を計測可能であるか確かめることであった。つまり、平板と異なり骨表面は完全な平面ではないし変形に伴いその形態が変化することも考えられるからである。それ故、十分と考えられる精度をもつ歪ゲージにて同時計測を行い比較計測値として用いた。この実験ではET 測定がビーム方向の変位しか測定が出来ないため骨を両端固定とすることで骨の変形を超音波のビーム方向に規定した。その結果、ET 計測により測定された骨の荷重による変位データは歪ゲージによる歪量と強い相関を示した。最大歪量が1000micro strain といった日常生活範囲で発生し得る範囲の変形を歪ゲージに遜色なく評価可能であったことよりET 計測により骨表面の変形を検出可能であることが示された。繰り返し荷重による試験では歪ゲージと同様にヒステリシスループが捉えられたことからET計測においても粘弾性が検出可能であると考えられた。骨が粘弾性体であることはよく知られているが生体での骨の粘弾性は十分評価されていない。それは、生体での粘弾性を測定する方法がほとんど無いことに起因している。Moorcroft ら1)と大西ら2)は創外固定器を用いた症例において生体での粘弾性計測を測定したことを報告しているが、いま現在まで非侵襲に生体での粘弾性計測を可能とした計測法はない。この実験の結果、粘弾性測定が定性的ではあるものの測定可能であったことから今後ET 計測による非侵襲な生体骨の粘弾性計測が期待された。豚脛骨の両自由端による3 点曲げ試験による計測を行った目的はET 多点計測により測定対象骨がある程度の併進を伴っても骨の変形を計測可能であるか確かめることであった。一点計測では生体における骨の変形を測定することは出来ない。なぜなら測定対象の骨は変形と同時に骨全体の併進運動を伴うからである。このため多点計測によりこの併進成分をキャンセルして変形を検出することを考えた。現在の多点計測は直線状に配列された5 点による計測であるがこれによりビーム方向の併進と計測5 点を含む面内での回転方向の併進をキャンセル可能であると考えられる。この脛骨の両自由端による3 点曲げ試験はこの2つの併進が許容される環境での測定でありこれによりETS 測定の評価を行った。この実験においてゲージ長1mm である歪ゲージによる歪測定は1mm のスパンにおける平均の歪量であり、一方ET 測定のETS は40mmのスパンにおける変計測定である。しかし、この両者が直線性を持って強い相関を示したことは併進が許容される環境においてもETS が変形のみを検出可能であったこと示していた。今後は、このETS の測定点数を増やすことや測定間隔を変えることにより骨の変形に応じた測定も可能と考える。豚脛骨両端固定実験の結果、粘弾性が定性的ではあるものの測定可能であったが、臨床測定では間隙の少ない骨折部に存在する仮骨を直接荷重し変位測定することは困難である。そのため、健常部に荷重を加えることで間接的に仮骨部に荷重を加え、それによる変位を健常部の変位を測定することで粘性を検出する方法が考えられる。基礎実験ではこの間接的な測定法により粘性が評価可能であるか検討するために骨折モデルを作成した。兎の骨欠損モデルでは骨折2週から12週の骨癒合の経過で仮骨の粘性はTanδで0.08 から0.04 となり健常皮質骨の0.02 に近い値を示していた。これは0.1 Hz から10Hz までの荷重周期で同様の変化が見られていた。3)人体における仮骨の粘性値の経時変化は明らかでないが健常骨の粘性値は人のそれと同等であることから骨癒合までの期間は異なるとしても同様の粘性値の経過をたどるものと考えられる。本実験の5材料は粘弾性測定装置にてTanδで0.114(PE)からの0.009(PC)までの粘性値を示し骨癒合過程において測定すべき粘性値の範囲を包括していると考えられる。骨折モデルの実験ではET 計測により粘性値(ET・Tanδ)は再現性をもって定量評価可能であり、粘弾性測定装置のTanδと強い相関(R= 0.9407)を示していた。このことからET 計測による健常部分を測定することにより介在体の粘性値の差異を評価することが可能であることが示された。

4.まとめ
本研究は、生体における骨の荷重変形測定を正確且つ定量的に行い骨の力学的特性を検出し、骨癒合判定を可能にする診断装置を開発することを目的として行った。基礎実験においては骨計測用に改良されたET 装置が骨癒合過程の骨の変形を検出するのに十分な精度を有することを明らかにし、臨床における剛性・粘性測定の可能性を示した。現在この基礎実験を基に臨床測定を行うべく準備を行っている。骨折症例に対する前段階的測定においては既に骨折経過を定量評価することに成功しており、今後測定法の改善を行い、臨床測定法を確立し骨癒合判定装置の開発を進めていく予定である。