2009年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第23号

ウエアラブル化学センサを用いた生体情報モニタリングに関する研究

研究責任者

工藤 寛之

所属:東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 システム研究部門 助手

共同研究者

三林 浩二

所属:東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 システム研究部門計測分野 教授

共同研究者

齊藤 浩一

所属:東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 システム研究部門計測分野 助教

概要

1.はじめに
近年、各種情報デバイスや情報システムが「いつでも・どこでも利用可能」な環境やそのための技術を総称して、ユビキタス(ubiquitous)という言葉が広く使われるようになった。ユビキタス情報社会の到来に伴い、生体計測用のセンシングデバイスは医療の枠を超えて高付加価値の情報デバイスとして位置づけられ、注目されている。例えば、体重計や体温計など家庭での日常的なヘルスケアで用いられるものから、イオン感応性電界効果トランジスタ(ISFET)、触覚センサ1,2)、各種の画像支援ナビゲーションシステム3-6)に至るまで、センサは現代の医療に不可欠なものとなっている。これら各種の生体計測技術を通じて得られる生体情報は治療や診断といった医療のみならず、セキュリティ(個人認証)・娯楽(玩具)・美容など様々な分野で活用されている。すなわち、生体情報は我々の自然現象としての生命維持活動のみならず、社会的・文化的側面から生活の質(QOL: Quality of Life)をも向上させる上で必要不可欠なものへと役割を広げているのである。
生体計測においては単に感度や信頼性を上げるだけでなく、装着感や安全性といった機能も重要視される。センサが生体情報の利用範囲を拡大し、付加価値を向上させる高度情報システムのインタフェースとして重要性を高める上で、Microelectromechanical Systems(MEMS) 技術は極めて大きな役割を果たしてきた。特に、加速度やジャイロなどの物理センサの分野では、性能・信頼性共に優れたセンサが市販されている。一方で、臨床において必要とされる生体情報は運動などの物理情報よりも生体成分に関する情報(化学情報)の方が圧倒的に多い。しかし、化学センサではクラーク型酸素電極など、センサの構成要素として水溶液や既存のMEMS 技術ではあまり取り扱われない材料を用いることがあり、成熟したプロセス技術をそのまま適用することが困難であるため、生体計測用の小型の化学センサは物理センサに比して実用化が立ち遅れている。また、生体計測においては単に感度や信頼性を上げるだけでなく、装着感や安全性といった機能も重要視される。このため、小型軽量なセンサであるとともに、柔軟性や生体適合性などを特徴とした各種センサが開発されている7-14)。我々はMEMS 技術と機能性高分子材料を融合し、生体計測への応用を目的としたウエアラブル化学センサの研究を行っている。ウエアラブル化学センサは、従来の化学センサに柔軟性という機能を付加することにより装着感を高め、また長時間の装用にも配慮した生体適合性材料を用いている。本稿では、眼部に直接装着し、非拘束的・非侵襲的に涙液グルコースのモニタリングを行うことを目的とした、ウエアラブルバイオセンサの研究について紹介する。
2. ウエアラブルバイオセンサの構築
図1 は眼部において涙液中のグルコース濃度を計測するためのウエアラブルバイオセンサの構造図である。本センサでは、構造材料としてポリジメチルシロキサン(PDMS)と、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)とドデシルメタクリレート(DMA)の共重合体(PMD)を用いている。これらの材料とPt 及びAg/AgClの薄膜電極を、MEMS 技術を用いて積層形のデバイスとして構築し、感応部にPMD を用いて酵素を包括固定化することにより、後工程での被覆処理などを用いず、センサ自身に柔軟性と生体適合性を付与することが可能となった。ウエアラブルバイオセンサの寸法は、我々の眼部バイオモニタリングにおけるこれまでの実績7,15)から取り扱い(ハンドリング)の容易さを考慮し、幅3mm×長さ5mm×厚さ350μm とした。
センサの作製では、図2 に示すようにダミーウエハ上にPDMS をスピンコーティングにて形成することで、柔軟な構造部材上にフォトファブリケーション技術を適用した。PDMS 膜は、DowCorning Toray 社製のSILPOT 184 を室温にて24 時間硬化させて形成した。形成したPDMS 膜上にポジ型のフォトレジスト(Shipley S1818, Rohm and Haas Electronic Materials Co., USA)膜を形成し、フォトリソグラフィにより電極形状にパターニングした。その後、イオンビームスパッタ装置(EIS-220, Elionix Co., Ltd., Japan)を用いて、1900V の加速電圧にて200nm 厚のPt 薄膜を形成した。同様に厚さ300nm のAg 薄膜を形成し、アセトンを用いたリフトオフ法にて不要部分を除去し、Pt 及びAg 電極をパターン形成した。その後、Ag 電極を塩酸中にて電気化学的に塩化処理することで、Ag/AgCl 電極とした。酵素の固定化では、感応部にエタノール溶媒にて希釈したPMDと、グルコース酸化酵素(GOD: Wako Pure Chemical Industries Ltd., Japan)の混合溶液を塗布し、低温(4℃)にて乾燥させることで酵素を包括固定化した。
以上の全てウエハレベルの工程にて、ウエアラブルバイオセンサを構築した。本バイオセンサでは、酸素の存在下にてグルコース酸化酵素の触媒反応により生成される過酸化水素を酵素固定化膜の下部にある電極にて電気化学的に計測することで、グルコースの定量を行う12,15)。
3.ウエアラブルバイオセンサの特性評価
上記の作製工程にて、柔軟で装着性の高い短冊形状のバイオセンサが得られた。本バイオセンサは20%程度の伸びも許容するため、眼部以外の様々な部位に装着した際にも、運動等による形状変化に追従できるものと考えられる。
また、センサを伸縮させた後に元に戻したところ、電気的な特性の致命的な変化は見られなかった。また、ウエアラブルバイオセンサのグルコース定量特性について評価を行った。本センサをポテンシオスタット(HAB-151, HOKUTO DENKO Co.,Japan)に接続し、リン酸緩衝液を(pH 7.0, 50mmol/l)満たした計測セル内にて650mV の定電位を印加し、セルにグルコースを滴下し、濃度変化に伴う出力電流の変化をモニタリングした。この結果、最終濃度が0.05-1.00mmol/l の範囲においてグルコース濃度に応じた著しい出力電流の上昇が観察された。この時、センサの出力電流を示す検量式は
output current (μA) = 0.006 + 0.947 [glucose(mmol/l)]
であり、相関係数は0.999 であった(図3)。また、センサ出力のバラツキを調べたところ、0.4mmol/lにおける変動係数は11.2%であった(n=5)。本センサのグルコース定量範囲は健常者の涙液に含まれるグルコースの濃度16-19)である0.14mmol/l を含んでおり、涙液糖の連続モニタリングの可能性が示唆された。
4.まとめと今後の展望
機能性の高分子膜(PDMS 及びPMD)にMEMS技術を適用し、生体適合性と柔軟性を特徴としたウエアラブルバイオセンサを開発した。本センサは血糖値のおよそ10%程度といわれている涙液グルコースの濃度を計測する上で十分な感度を有しており、非観血・非侵襲的な血糖評価への応用が期待される。また、本センサはウエハレベルのプロセスにて構築可能であるため、容易に利用目的に応じた構造・材料の変更(小型化やマルチアレイ化)も可能である。現在は、眼部におけるバイオモニタリングの研究を進めると共に、本バイオセンサ技術を応用した涙液糖連続計測用のコンタクトレンズや皮膚に貼付して生体における各種の化学情報を同時並列的にモニタリング可能なマルチアレイ型ウエアラブルセンサなど、新規なバイオモニタリングデバイスへの展開を検討している。