1993年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第07号

インテリジェントニューロサージカルマイクロスコープの開発

研究責任者

早川 徹

所属:大阪大学 医学部 脳神経外科 教授

共同研究者

加藤 天美

所属:大阪大学 医学部 脳神経外科  助手

共同研究者

吉峰 俊樹

所属:大阪大学 医学部 脳神経外科  助手

共同研究者

池田 卓也

所属:大阪大学 医学部 中央手術部  助教授

共同研究者

宮本 隆朗

所属:大阪府立大学計算センター  助手

概要

1.まえがき
重要な機能をもつ領域が互いに複雑な神経連絡をなして構成された脳の手術には最大限に精密な手技が望まれる。この点,脳神経領域の画像診断技術はコンピューター断層撮影(CT)や磁気共鳴画像(MRI),あるいはディジタルサブトラクションアンジオグラフィー(DSA)等の発達により,解剖学的に極めて高い空間分解能が達成されてきた。それに対し,実際の手術では病変部の3次元空間的把握や手術アプローチの決定は術者の知識や経験,あるいは直観的判断に頼るところが大きく,画像診断の精度が実際の手術に充分には生かされていない面がある。
現在の脳神経外科手術において一種の盲点ともいえるこのような重大な問題を解決するため,私達は脳手術操作位置をCTあるいはMRI画像上に表示して病変部の正確な到達を支援する脳手術ナビゲーションシステムを開発した。このシステムは手術操作位置検出のために交流磁場を利用するものであり,磁場発生装置を患者頭部に固定し,手術器具に磁場センサーを取り付けてその先端座標と方向を瞬時に計算し,CT/MRI画像上にリアルタイムに表示するものである。本研究ではこのシステムをさらに発展させ,手術用顕微鏡自体の位置情報をもシステムに取り込み,intelligent neurosurgical microscope(INSM)ともいうべき新しい画像情報インターフェイスを開発し,脳外科手術の精度を飛躍的に高めることを目的としている。本稿では脳手術ナビゲーションシステムならびにINSMを実現するために行った機能拡張について述べる。
2.システム構成
本システムはパーソナルコンピューター(PC-9801RA,NEC),手術操作位置を検出する磁気変換方式3次元座標測定装置(3SPACE Isotrak, Polhemus Navigation Sciences, U.S.A.),イメージボード,3次元グラフィツクシステム(personal Hoops, Kobelco),ならびにINSMのための手術顕微鏡アダプターより成り立っている(図1)。
3次元座標測定装置は,交流磁場を発生する磁場ソースとこれを検出する軽量小型磁場センサー(重さ159),ならびにデータを処理するマイクロプロセッサーより構成され,磁場ソースと磁場センサーはそれぞれ3組の直交するコイルから成っている。磁場ソースの1個のコイルを励磁すると磁場センサーの3個のコイルに磁場ソースからの距離と磁場センサーの配向に応じた電圧が誘起される。これより磁場ソースを基準とした磁場センサーの3次元位置座標と方向角度(azimuth, elevation, roll)の6つのパラメーターが算出される。(図2)。これはもともと米空軍においてミサイル照準用の攻撃目標捕捉装置として開発された装置である。戦闘機コクピットにおいて磁場センサーを取り付けたヘルメットを装着したパイロットが風防ガラスの十字線を通して攻撃目標を視認すれば,この装置によって頭の位置と方向が決定され,その視線データより攻撃目標が火器管制コンピューターに認識される。つまり,パイロットが攻撃目標を見るだけでミサイルが発射される戦闘システムの一部であるが,最近,民生用として販売され,立体模型の形状入力やバーチャルリアリティーゲームなどに利用されている。
手術操作部を指し示すための吸引管は,磁場が妨げられないようプラスチックで作成した。この吸引管に上述の磁場センサーを装着し,手術操作位置プローブとした。コンピューターは上記6パラメーターより吸引管プローブ先端の座標とプローブの方向をほぼリアルタイムに(1秒間に最高30回)計算する。
イメージボードは1画素あたりカラーチャンネル8ビット,グラフィックチャンネル2ビットあり,カラーチャンネルはルックアップテーブルにより約1,600万色の内256色が表示可能である。1画面の解像度は512×480画素あり,計4画面をスイッチングによりそれぞれの画面に瞬時に切り替えることができる。
3次元グラフィックシステムは高速のRISCプロセッサーを内蔵しており,パーソナルコンピューターでも汎用3次元グラフィックソフトウエアー,HOOPSが利用できる。HOOPS上では3次元構造がセグメントとして扱われ,その回転,拡大,縮小など3次元操作が容易に行える。本研究ではCT画像より病変部や脳室,頭蓋骨等を輪郭抽出し,ワイヤーフレームを作成し,患者頭部の3次元モデルとして入力した。これを術者の視線方向に回転再構成し,ナビゲーション用画像とした。術者の視線方向は手術顕微鏡の方向に前述の吸引管プローブを位置させ検出した(図3)。通常,手術顕微鏡の方向は数分間は変えずに手術操作を行うので,術者がそのつど方向を検出することはそれほど手術の妨げとはならなかった。
手術顕微鏡アダプターは脳手術ナビゲーションシステムから出力された画像を手術用顕微鏡を通して術者視野にスーパーインポーズする。モノクロ小型ブラウン管とカラー液晶シャッター,ならびにビームスプリッターより作製した(図4)が,これはフィールド順次方式により高解像度の画像が表示でき,ビームスプリッターを切り替えることにより,拡大術野視野にナビゲーション画像として投影することができる。3次元ワイヤーフレームモデルは術者視線方向へ投影した画像なので,病変部が術野からあたかも透見されたかのように表示された。
2)術野と脳断層画像との対応
脳断層画像と術野とを空間的に対応づけるため術前,患者の頭皮に4個の位置マーカーを装着してCTあるいはMRIを投影する。いずれもスライス厚は5mmである。画像データーはディジタルデーターとして,あるいはビデオカメラを通して入力し,フロッピーディスクに保存する。CTあるいはMRI画像上の解剖学的各構造が座標位置で参照できるように,断層画像座標系を設定する。すなわち,スライスレベルが0mmとなる断層面をx-y平面とし,その中心を原点とする直交3次元座標系である。
画像上認められる病変部や,脳組織各構造の位置は断層画像座標系を基準として表現され,手術中に吸引管プローブによって指し示した病変部などの位置は磁場ソース座標系を基準に測定される。脳断層画像の各解剖学的構造と術野とを空間的に対応づけ,術野で指し示された組織が断層画像でどの部分を占めるか表示するためには,座標変換が必要である。4>。まず,座標変換のパラメーターを決定するため術前に,脳断層画像からマーカー像の座標位置を測定し,システムに入力しておく。ついで,手術では,患者頭部をメイフィールド3点固定器に通常どおり固定する。磁場ソースは患者頭部に近接してアクリル製のアダプターを介し3点固定器に取り付ける(図5)。手術開始前に吸引管プローブで磁場ソース座標系よりみた頭皮マーカー空間座標値を読み取る。これらをさきに入力しておいた個々のマーカーの断層画像座標値と対応させ,位置キャリブレーションを行う。磁場ソース座標値(X,Y,Z)からCT座標値(x,y,z)への変換行列式は
(x,y,z,1)_(X,Y,Z,1)T
であるが,Tは
と表現される。ここで,
(Xi,Yi,Zi):マーカーの磁場ソース座標値(i=1,2,3,4)
(xi,yi,zi):マーカーのCT座標値(i=・1,2,3,4)
である。
これにより,術野の吸引管プローブの先端位置とその向きがシステムのディスプレー上のCT画像上に重ねて表示された。INSMを使用した場合,ミラーの切り替えにより患者頭部ワイヤーフレーム画像が顕微鏡視野内に表示された。
3)精度
INSMをはじめ本システムの位置精度は磁気変換方式3次元計測装置に依存する。これを検定するため,まず,アクリル板で3次元ファントムを作成した。ファントムは水平板と磁場ソースを固定するため立てられた垂直板よりなる。水平板には1cm間隔で格子を描き,各格子点をプローブでポイントし,3次元座標測定装置から出力される位置ならびに方向角度データの妥当性を検討した。つぎに吸引管プローブの先端を方眼のある一点にあてたまま方向を変えて,算出された吸引管プローブ先端位置の変化も観察した。その結果,3次元ファントームの格子点の指示で読みとられた座標の誤差の標準偏差はかなり小さく1.7mm(サンプル数255点)であった。吸引管プローブの先端を固定して吸引管プローブの方向を変化させると誤差は拡大し,4.Omm(サンプル数1,066点)であった。これは磁場センサーの方向角度誤差に起因すると考えられた。
この座標測定装置は交流磁場を利用しているため導電性の高い金属には磁場が誘導され,誤差の原因となりうる。この点を検討するため固定された磁場ソース,磁場センサー間に種々の金属片や手術器具を近づけ,磁場センサー座標の変化を評価した。金属片のうち,最も測定に影響したのは鉄で,ついでアルミニウム,真鍮ジュラルミン,ステンレス鋼の順序であったる。鉄では測定値が数cmも変化し,これを許容値以内にとどめるには鉄片を磁場ソースやセンサーから少なくとも30cmは離す必要があつた。しかし手術器具のうちで大きな影響を示したのは植皮板(ステンレス鋼)のみで,双極凝固鋸子,吸引管,脳べら,グリーンバーグの自在脳べら保持器等は磁場センサーにごく近接しない限り影響しなかった。すなわち通常の手術ではこれらの器具は位置測定に大きな影響はないと考えられた。最近,術中透視症例が増えていることからX線を透過する総合成樹脂製の頭部固定器が市販されている。この頭部固定器を使用すると,磁場ソースを術野に最も近接して設置でき,位置測定誤差をかなり減少させることが可能となった。
さらに頭蓋標本を用いて模擬実験を行った。頭蓋標本の内部にプラスチックの模擬ターゲットを置き,表面にマーカーを装着してCTを撮影した。システムにCT画像を取り込み,実際の手術と同じように位置キャリブレーションを行なった。模擬ターゲットを吸引管プローブで指示し,CT画像上のターゲット位置と,吸引管プローブ先端を現すカーソル位置との解離を測定すると,誤差はCT画像上で最大4mmであった。
手術応用
このシステムを用いて計57例の手術を行った。代表的な症例を提示する。
症例H.E.47才女性
巨大嗅窩部髄膜腫の患者である。MRIでは腫瘍内に埋没された両側の前大脳動脈が確認された。両側前頭開頭後,本システムにより手術操作位置をリアルタイムにモニターしつつ超音波破砕吸引器等で腫瘍を少しつつ摘出した。手術操作部が前大脳動脈に近接したことが示された時,慎重に剥離操作を進めると,直下に右ついで左のA2が確認された。これらの動脈を温存して腫瘍を全摘出した(図6)。
症例S.H.68才女性
右前頭頭頂葉神経膠腫の患者である。腫瘍の本体は易出血性灰黄色の柔らかい組織であったが,辺縁組織との境界は不鮮明で腫瘍浸潤が疑われた。MRI画像上での手術操作位置のモニターならびに手術軌跡の蓄積描出により摘出範囲を確認しつつ手術操作を進めた。術後のCTでは造影剤で増強される領域がほぼ完全に摘出されたことが確認された(図7)。
症例0.S.67才女性
右下肢脱力で発症した神経膠芽腫の患者である。CT画像より再構成したワイヤーフレーム立体モデル上でのナビゲーションを行った。立体モデルにより術者の視点より腫瘍が透見されたように表示された。吸引管を表す線分は術者の持つ吸引管の動きをそのままに再現し,腫瘍内での摘出範囲が立体的に把握された(図8)。
考察
本システムは,私達がすすめてきたコンピューターアシステッドニューロサージャリー(CANS)の可能性をより一層拡大するものである。脳神経外科では,手術の主要部分は手術顕微鏡下に行われるが,今回開発されたインターフェイスにより,病巣部が術野の脳表よりあたかも透見されたごとく認められた。これは手術顕微鏡に脳神経外科ナビゲーションシステムの機能を取入れ,単なる手術操作部の拡大視装置ではなく,INSM,さらに手術戦略コクピットへと進化させるべく道をひらくものである。
手術操作部の3次元位置ならびに手術顕微鏡の視線方向の検出にもちいた私達のナビゲーションシステムは小型で軽量の磁場センサーを手術器具に取り付けるだけで手術操作部と病変部との位置関係がリアルタイムにモニターでき,従来の術式を変更することなく,より確実な術中オリエンテーションを術者に与えることができた。手術では,腫瘍内に埋没した血管や神経の保存,脳内の小病変の検索,肉眼的に境界不鮮明な腫瘍の摘出範囲の術中確認などに有用であった。
CT,MRIで得られた位置情報を脳神経外科手術に直接応用しようとする試みとしては,まずフレームを利用するCTあるいはMRI定位脳手術9-11,12)が挙げられる。この手技は元来パーキンソン病など不随意運動疾患や頑痛症に対する視床破壊術のために開発され,脳内の目標点に高精度で穿刺針を挿入することができることを特徴とする。脳内血腫の吸引除去や脳腫瘍の針生検手術にさかんに利用されている。誤差は1mm以下ときわめて正確であるが,手術器具としては穿刺針しか用いられず,また,フレームにより術野が制限されるので開頭手術への応用は容易ではない。
一方,アーチやアームを利用して位置検出をおこなう種々の手術ナビゲーションシステムが試作されている7,13,14)。Mayo ClinicのKellyらはフレームの精度を生かし,開頭による脳深部の腫瘍摘出術を行う方法としてアーチ上を移動する手術用顕微鏡システム7)を実用化している。これは手術顕微鏡を載せた半径40cmのアーチを患者頭部ヘッドフレームに装着し,アーチの中心が病変部に位置するよう患者頭部を固定すると,顕微鏡が如何なる位置にあっても視線がアーチの中心,すなわち病変部に向うように設計されている。彼らはこの装置は脳深部腫瘍の摘出術に特に有用であったと報告している。同様の原理に基づく装置が種々考案されているが2・3・14),これらのシステムは装置が大がかりで導入が容易でなかったり,手術到達経路選択に制限がある。
つぎにアーム誘導式CT定位脳手術装置16,18)が挙げられるが,これは手術操作の自由度を制限するフレームを排除し,患者頭部とCTとの空間的対応づけを私達のシステムと同様,頭部に装着したマーカーを介しておこなうものである。Watanabeらは多関節のアームによって術野の位置を検出する手術ナビゲーターを開発した。術野の位置を検出する多関節アームは,メイフィールド固定器や手術台あるいは手術室床に固定される。術中必要時にアーム先端のプローブを術野に持込み,CT上で対応する位置を確認する。しかし,これらの装置でもアームのための術野の選択や手術操作に空間的な制限が加えられたり,位置測定時,手術操作を中断しなければならないなどの問題があった。
私達は,最近開発された磁気変換式3次元位置測定装置に注目し,これを手術操作位置の検出に用れば,画期的な脳神経外科手術ナビゲーションシステムが開発できるのではないかと考えた。このシステムの試作にあたっては,従来の開頭手術操作ならびに術野に制限を加えることなく,リアルタイムに手術操作位置のモニターならびに記録を行うことを目標とした5,6)。磁場を用いることでこれらの課題は達成されたが,さらにこのシステムにより初めて手術操作範囲の術中描出が可能となった。2,3の症例では,この機能により,腫瘍の取り残しを未然に防ぐことができた。
患者脳立体モデルやナビゲーション画像を顕微鏡に投影する画像表示装置として本システムでは白黒CRTとカラー液晶シャッターの組合せを使用した。ディスプレーとしてはそのほか,カラー液晶モニターの利用が考えられる。カラー液晶モニターは輝度が大きいが,現状ではコントラストや解像度の点で難点がある。白黒CRTとカラー液晶シャッターは時分割法により赤緑青像を順次表示し,残像現象を利用してカラー画像を表示するものである(フィールド順次方式カラーLCD)。フィルターを通過する分だけ輝度が減衰し,また時分割法をとっているため多少ともちらつきがでるが,CRTのの解像度を最大限に生かせる長所がある。現在,CRTの高輝度化や高周波数化により改善を計っている。
本システムの表示精度は実測で4mmであった。Watanabeらは指示精度が5mm程度であればこの種の装置は臨床応用に耐えうると述べている18)が,より精密な手術をめざすためにさらに精度の向上が望まれることはいうまでもない。本システムにおいては精度に影響する因子として,第1に,3次元座標測定装置の精度,第2に周囲の電磁場環境,第3に頭位キャリブレーション用マーカー位置の測定誤差が挙げられる。これらの因子により生じる誤差は,より高精度の3次元座標測定装置を導入したり,手術器具を強化プラスチックやチタン合金で置きかえたり,頭蓋に固定するチタン合金ネジマーカー2)などをつかえば,1mm程度にまで減少させ得ると考えられる。最近,術中血管撮影に対応した総合成樹脂製の頭部固定器が開発されたので,これを使用しているが,より術野に近い部分に磁場ソースが取り付けられ,指示精度の向上につながることが確認されている。
INSM使用中,術野視野に脳の立体モデルを投影したとき,投影像と術野の多少のずれが観察された。この原因としては上記ナビゲーションシステムの誤差のほかに投影方向,焦点位置の検出誤差,拡大倍率の数値誤差などが考えられる。今後,これらの誤差を減少させ,より正確な投影画像を作成したい。
臨床応用にあたっての注意点としては,このシステムは術前の画像情報をもとにマーカーとの相対的な吸引管プローブの位置を表示するもので,術中の脳変形や摘出された部分が画像上リアルタイムに表示されないことである。脳は正常でも体位の変換により,頭蓋内で1,2mm移動するといわれている17)。手術開始直後や,頭蓋骨に付着した病変に対しては脳変形の問題は少ないと思われるが,手術が進行し,髄液を吸引したり,へらで脳構造を圧排する手術ではシステムが表示する位置情報の解釈には充分の注意を要する。術中脳変形を検知し補正する手段としては病変部近傍にマーカーを埋め込む方法や,有限要素法でシミュレーションを行う方法15),さらにリアルタイムに断面を画像化できる超音波断層装置の併用1)などが提案されており実用化が期待される。最近術中CTスキャン11)が試みられているので,脳変形に関し,より多くの知見が得られることが期待される。
本研究の一部は第51回日本脳神経外科学会総会(鹿児島)第1回国際シミュレーション外科学会(東京),第1回国際低侵襲脳神経外科手技会議(ドイツ)で発表した。