2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

イニファーター重合法を利用したインテリジェントバイオセンサーの開発

研究責任者

横山 憲二

所属:北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 助教授

概要

1.はじめに
電子伝達メディエーターを用いることにより、電極反応が起こりにくい物質の酸化還元を行うキャタリティック電気化学反応が注目されている。電子伝達メディエーターは酵素電極間の電子授受反応にも利用できるため、バイオセンサーにも応用されている。これまで酵素電極間のメディエーターには低分子のフェロセン誘導体などが用いられてきた。しかし、低分子メディエーターを電極上に吸着させて用いる場合、メディエーターの脱離が問題となるため、最近ではレドックスポリマーを修飾した電極が注目されている。電極にレドックスポリマーを修飾する方法としては、レドックスポリマー溶液を電極に塗布し溶媒を蒸発させる方法、電極表面で直接ポリマーを合成する方法が試みられている。しかし、前者では膜厚の均一化、修飾するポリマーの量や位置の制御が困難である。また、後者については、レドックス活性モノマーを電解重合させてレドックス活性導電性ポリマーとした報告例があるが、導電性ポリマー自身が電気化学的にあまり安定でないため実用的ではないと考えられる。そこで、本研究ではイニファーター重合法(Fig.1)により電極表面でレドックスポリマーの合成を行った。すなわち、電極表面上にイニファーターであるN,N-ジエチルジチオカルバメートを修飾し、レドックス活性基を有するビニルモノマー存在下で紫外線照射、または加熱することによって、電極表面上にレドックスポリマーを形成させた。イニファーター重合法によると、重合時間を調節することによってポリマー鎖長、すなわち高分子内のレドックス活性を制御することができると考えた。また、得られたレドックスポリマー修飾電極のレドックス挙動、電子伝達メディエーターとしての特性を調べ、バイオセンサーの電子伝達メディエーターとしての応用性を検討した。
2.研究方法
2.1フェロセニル基を有するアクリル酸エステル(1,2)とイニファーター化ポリスチレン(3)の合成
フェロセニルメタノールまたはフェロセンカルボン酸を原料とし、エピクロロヒドリンを用いてエポキシ化後、アクリル酸と反応させることにより、フェロセニル基を有するレドックス活性モノマー1および2を収率75%、65%でそれぞれ合成した。
ポリスチレンをクロロメチルエチルエーテルを用いてクロロメチル基を導入した。次に、ジメチルホルムアミド中でN,ノV一ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムと反応させ、N,N一ジエチルジチオカルバミルメチルポリスチレン3を得た。IH-NMRによりイニファーター導入率を調べたところ、87%であった。
2.2イニファーター重合と電気化学的評価
イニファーター化ポリスチレン3をグラッシーカーボン電極上に塗布し、ビニルフェロセン(VFc)とメタクリルアミド(MAm)のイニファーター共重合、1または2のイニファーター重合を行った。
作製したレドックスポリマー修飾電極の電気化学測定は、リン酸緩衝液(100mM、pH7,1、30℃)中で行った。対極には白金線を、参照極には飽和塩化カリウム銀塩化銀電極を用いた。また、電位掃引速度は10mV/sで行った。キャタリティック電流の測定は、100mM還元型グルタチオンを含む100mMリン酸緩衝溶液で行った。
3.結果および考察
3.1電極表面上でのpoly(VFc-co-MAm)の合成とその電気化学的特性
VFcは重合反応性が低いために、光イニファーター重合によるホモポリマーは得られなかった。そこでMAmとの共重合により電極表面上にpoly(VFc-co-MAm)を形成させた。Fig.2はpoly(VFc-co-MAm)修飾電極のサイクリックボルタモグラムであり、フェロセンの酸化還元に伴う電流ピークが見られた。また、重合時間の増加とともに電流ピークは増加する傾向が見られた。
さらに、この電極を用いて還元型グルタチオンの酸化に伴うキャタリティック電流を測定したところ、酸化波の増幅が見られた。この場合も重合時間の増加とともにキャタリティック電流は増加する傾向があった。
3.2電極表面上での1,2のイニファーター重合とその電気化学的特性
1はVFcに比べて重合反応性が高いため、共重合させる必要がなく、光イニファーター重合によりホモポリマーが得られた。しかし、モノマー自体の光吸収が大きいため、十分なレドックス活性を示すには至らなかった。そこで、熱イニファーター重合を行った。Fig.3は熱イニファーター重合により作製したpoly(3-ferrocenyl-methoxy-2-ol-propylacrylate(1))ll多飾電極のサイクリックボルタモグラムである。この図から、フェロセンの酸化還元に伴う電流ピークが見られ、また光重合に比べて高い電流密度が得られることがわかった。また、重合時間の増加とともに電流ピークは増加する傾向が見られた。
さらに、この電極を用いて還元型グルタチオンの酸化に伴うキャタリティック電流を測定したところ、酸化波の増幅が見られた(Fig.4)。この場合も重合時間の増加とともにキャタリティック電流は増加する傾向があった。
以上のことから、レドックス活性導入量を制御した高分子修飾電極が作製でき、これらは電子伝達メディエーターとして利用できると考えられる。
4.まとめと今後の予定
本研究では、電極表面上に高分子イニファーターを修飾し、新規に合成したレドックス活性ビニルモノマー存在下で紫外線照射、または加熱することによって、電極表面上にレドックスポリマーを形成させた。その結果、重合時間を調節することによってポリマー鎖長、すなわち高分子内のレドックス活性を制御することができた。
これまではポリスチレンをイニファーター化し、電極に塗布して用いてきた。しかし、この方法では、電極表面での速い電子移動は期待できない。そこで今後は、チオール(またはジスルフィド)を有する低分子イニファーターの設計を行い、金電極表面にセルフアセンブリモノレイヤー法により電極にイニファーター分子を固定化する。
さらに、フォトリソグラフィー技術と組合せ、微小電極アレイの任意の電極上にレドックスポリマーを修飾する。また、イニファーターは一旦重合を停止させた後においても再度利用することができるため、末端に他のポリマーを形成させることができる。従って、生体適合性または細胞接着性や選択透過性をもったポリマーを外側に共有結合で修飾することも可能であるため、これについても検討する。