2007年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第21号

イオン感応性電界効果トランジスタ(ISFET)を用いた迅速・簡便な細胞活性測定システムの開発

研究責任者

合田 典子

所属:岡山大学 医学部 保健学科 助教授

共同研究者

中村 通宏

所属:岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 客員研究員

共同研究者

山本 尚武

所属:岡山大学 医学部 保健学科  教授

共同研究者

中村 一文

所属:岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 助手

概要

1. はじめに
近年、分子生物学・遺伝子工学などの発展は著しく、その知見を応用して、再生医療を最終目標にした細胞工学・ティッシュエンジニアリングの研究が精力的に行われている。これらの研究を臨床応用まで進めるためにはバイオ・インターフェイスの充実による培養細胞・組織の多角的機能評価が必要不可欠である。我々はイオン感応電界効果トランジスタ:Ion Sensitive Field Effect Transistor (ISFET)をベースとしたバイオセンサによる細胞機能評価法を開発し、再生医療研究推進の一助としたいと考えている。ISFET は感応部容積が0.8μL 以下で、従来のガラス電極の約一万分の一と小さく、Ta2O5 で表面加工した計測系では微量溶液中(1μL)のpH のリアルタイム測定が可能である(応答速度は msec レベル)。また、他の金属表面加工、酵素反応との複合を応用した系を開発すれば、細胞の呼吸・代謝活動の多機能測定が可能である。
このようなセンサとしての特徴を生かすために、ISFET のバイオセンサへの応用が近年試みられている。Thibodeau らは1994 年に米国モレキュラーデバイス社が開発したマイクロフィジオメータを用いて培養細胞のH+産生速度を測定し、H+-K+-ATPase により亢進した培養胃壁細胞の細胞外酸性化が現在臨床的に胃潰瘍治療薬として汎用されているomeprazoleにより抑制されることを報告した1)。また、2001 年にLehmann らはISFET を用いた pH センサと酸素電極を組み合わせた計測システムを開発し、解糖阻害薬iodocetate の培養大腸癌細胞に与える効果について、酸素消費と細胞外酸性化の同時測定による評価が可能であることを報告している2)。今後のバイオセンサ開発の方向性を考えるとき、細胞種により目的とする計測項目が異なるため、多機能化は大きな目標である。今回は細胞呼吸・代謝活性の評価を目的としたISFET をベースとするバイオセンサシステムを開発し、その有用性・信頼性について検討した。
2. ISFET 培養細胞活性測定システムの構築について
細胞の呼吸・代謝活性機能は細胞外液の酸性を測定することにより評価され、微量の細胞外液における酸性化計測及びその組成物質の特定方法を検討した。
細胞外酸性化は主にグルコースとグルタミンを元にした代謝産物である乳酸や二酸化炭素といった酸性物質によるものであるとされているが、炭酸水素イオンのようなアルカリ性物質の産生も最終的な細胞外酸性化に有意に影響している可能性がある。しかし、従来のマイクロフィジオメータでは一本のpHセンサの計測対象がすべての要素を含んだ最終的pHのみであるため、その内容について分離することは不可能であった。
そこで、CO2 のシリコン膜透過性に注目した。これを利用することにより産生されたCO2 が定量でき、より高次元の情報が得られるのではないかと考え計測システムのプロトタイプを作成した。
2.1 ISFET 培養細胞活性測定システムの構造
検出器センサとしてISFET pH センサを2 本用いた。pH センサは幅×厚み×長さが0.45×0.2×5.5mm である。PCO2 センサはCO2 によるpH 変化を検出するもので、ISFET とAg/AgCl 参照電極、および内部溶液(重曹溶液)をガス透過性シリコンチューブで被覆した、いわゆるセベリングハウス型である。感応部のある先端2mm の部分の容積は、いずれも0.8 μL以下と微少であり1μL の基質溶液のpH やPCO2 を容易に測定できるため、スライドガラスに血管内皮細胞、血管平滑筋細胞などを培養して、計測を行った(図1)。
2.2 ISFET 培養細胞活性測定システム
pH の変化を鋭敏に検出するため、灌流に用いた基質溶液は、NaHCO3 でpH を7.4 に調整した緩衝能の低いタイロード溶液(D-glucose : 15 mM, NaCl:140 mM, KCl : 5mM, MgCl2 : 0.9 mM, NaHCO3 : 0.34 mM HEPES : 0.028mM)を用いた。計測は測定用セルを外部溶液と交通がないようにスライドガラスを密着させ、37?C の恒温槽に入れて行った。基質溶液も37?C に保ち、5 分間灌流後、溶液灌流を停止した時点から測定を開始した。
NaHCO3 とHEPES 以外は中性物質であるため、計測における主なpH 規定因子は基質溶液のNaHCO3 およびHEPES と、細胞から分泌された乳酸、二酸化炭素、炭酸水素イオンとなる。従って、細胞からの主な代謝産物は、CO2、HCO3-,乳酸(Lactic Acid: LA、乳酸イオンはRCOO-と表記)の三つであると考えて、以下の平衡式が溶液中のpH を表していると考えることができる。
また、計測による 総pH とCO2 によるpH 変化量をそれぞれh1、h2、計測時の基質液に含まれるNaHCO3、HEPES をα、βとするとCO2 、NaHCO3、LA の値そのものを求めることは出来ないが、基質溶液中の陽イオンであるNa+、H+と、陰イオンHCO3-、OH-、Lac- 、HEPES-の総量が等量であることから、LA - NaHCO3、CO2 + LA、といった関係を以下のように算出することが出来3)。
HEPES は強酸でありH+とHEPES-に完全に電離している。シリコンチューブ外溶液の陽イオンとしては、灌流する基質溶液中に入っているNa+と細胞より産生されたNaHCO3 からのNa+、H+があり、陰イオンとしてはNaHCO3 からのHCO3-、OH-、LA-、そして HEPES-が存在する。中性環境ではこれらの総和が等しいので、シリコンチューブ外溶液でのそれぞれの濃度を“o”として表すと、
ここで (HEPES-) はシリコンチューブの内外で同濃度であるので“o”を付けていない。また、CO2 とHCO3-の和は、CO2、LA、NaHCO3 の産生量(中和反応前の量)をそれぞれ p、q、r とすると、
乳酸、HEPES に関してはそれぞれ、
(4)と(8)より、
であり、h1 は(H+)o であるため、(12)を求める事が出来る。
(Na+)o = α + r であり、(7) - (12)より、(13)を求めることが出来る。
乳酸および乳酸イオンはシリコンを透過しないため、シリコンチューブ内では中和環境において(14)が成り立つ。(“i”はシリコンチューブ内を表す)
ここで(Na+)i = α であるため、(4) ? (6)、(14)より(15)を求めることが出来る。
ここでh2= (H+)i であり、CO2 濃度がシリコンチューブの内外で平衡に達していると(16)が成り立つ。
(11)と(16)より、
従って、
h1 は 10?6 ? 10?7で、Κ2 はおよそ10?4であるので、1 +h1/K2 はほぼ1 である。従って、(13)および(18)より q? r を(19)から求めることが出来る。
そして(18)、(19)よりp + q を(20)から求められる。
このように計測値h1 およびh2、そして既知の値(α、β、K1、Kw から(q - r)、(p + q )、(p + r)の値を得られることがわかった。ここで、LA - NaHCO3 (q - r)、CO2 + LA(p + q )、CO2 + NaHCO3 (p + r)がどのような意味を持っているかを考えてみる。乳酸 RCOOH と NaHCO3 は基質溶液内で以下のように中和反応を起こす。
式中の RCOOH、NaHCO3は中和前の濃度であるため、RCOOH がNaHCO3 よりも多い場合は二つのISFET センサによる計測値と平衡定数より算出されるRCOOH -NaHCO3 の値は中和反応後のRCOOH 量を現すことになる。また、中和反応により発生するCO2 量はNaHCO3と同量であるのでCO2 + NaHCO3 は中和反応後のCO2量を現している。NaHCO3 がRCOOH よりも多い場合はNaHCO3 ? LA が中和後のNaHCO3 量を現し、中和後のCO2 量はCO2 + LA となる。RCOOH とNaHCO3 が同量である場合には中和後にRCOOH、NaHCO3 は共に0 となり、中和反応後のCO2 量はCO2 + RCOOH として求めることが出来る。
3. プロトタイプシステムによる測定結果
システムの信頼性を確認するために0 から0.3 mMの間で既知濃度の乳酸RCOOH とNaHCO3 溶液を用いて5%CO2 バブリング有無の条件下に測定し、CO2 ? RCOOHの値について真値と前述した方法による算出値との関係を求めた。結果は図2 に示すように算出値と真値は高い相関関係を示した。相関式はY = 1.07X ? 2.2で、相関係数はr2 = 0.974 であり、測定系の正確さが確認された。また、培養ウシ大動脈内皮細胞およびウサギ大動脈平滑筋細胞を計測したところ、総pH とCO2 によるpH変化量を示すセンサは双方とも直線的な酸性化を示した。CO2 産生に関してはウサギ大動脈平滑筋細胞がウシ大動脈内皮細胞よりも有意に高く、それぞれ204×108 と4.1×108 [molecules/cell/sec]であった。また、ウサギ大動脈平滑筋細胞においてはLA よりもNaHCO3 の産生が多かったが、ウシ大動脈内皮細胞では有意差が認められなかった。
4. 考察・まとめ
ISFET は微小な検出部と短い反応速度という特徴を持ち、培養細胞などの微量検体の動的情報を得るためのセンサとして有望なシーズである。Ta2O5 をイオン感応膜とする方法ではpH 変化を感度良く検出するために緩衝能の低い基質液を用いており、得られた結果が生体内での細胞挙動と一致しない可能性があるが、in vitro の実験では計測の精度を確認でき、微量な細胞のCO2 分泌速度などをリアルタイムに計測できる可能性を示すことが出来た。今回の研究では細胞からの産生物:CO2、乳酸 RCOOH、 と NaHCO3の3 物質に対し、計測対照が2 種類であるため、それぞれの値を直接求めることは出来なかった。さらに計測系を進歩させ緩衝能の高い通常の培地で同様の計測を可能にするために白金と酵素フィルムの上に Nafion フィルムを被覆した乳酸の直接定量システムの組み込みを行っている。
また、将来的には各種イオン感応膜によるK+、Mg+、Ca+などの同時計測も可能な高集積センサを目指したいと考えている。このような細胞機能の多元的評価システムを開発することで新しい動的情報を提供し、効率的な再生医療推進に貢献すると共にバイオ・インターフェイスの発展に寄与したいと考えている。