2005年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第19号

アミロイド型疾患因子となるタンパク質線維への誘導とその定量システムの構築

研究責任者

白木 賢太郎

所属:北陸先端科学技術大学院大学  助手

筑波大学大学院数理物質科学研究科 助教授

共同研究者

柳原 格

所属:大阪府立母子保健総合医療センター研究所 免疫部門  部長

共同研究者

浜田 大三

所属:大阪府立母子保健総合医療センター 研究所免疫部門  研究員

概要

1.はじめに
タンパク質は特異的な立体構造を形成して機能を発揮する。この現象はタンパク質フォールディングと呼ばれ、さまざまな科学者の興味をひいてきた。小さいものでも一万個もの原子から構成されるポリペプチド鎖が、なぜ、結晶になるほどの単一の立体構造を形成できるのだろうか。これは熱力学的にも数学的にも興味深い論点を含む。その一方で、タンパク質は、特異的な立体構造へとフォールディングせず、ミスフォールドしやすい特徴をもっ。試験管内での実験に限らず、生体内にも凝集体がしばしば生じる。生体内には、タンパク質のミスフォールドを抑制し、またはミスフォールドしたタンパク質をうまくリフォールドさせるシャペロンも存在している1・2)。こういった分子シャペロンの高度で精密な機構は、逆に、タンパク質のミスフォールディングをいかにして避けるかといった問題に、細胞が多大なエネルギーとコストを割いていることを意味している。しかし、どうしても可溶化できない「悪性」の凝集体が生体内に生じることもある。これが現在広く社会問題にもなっているプリオンやアルツハイマーの疾患因子である。アミロイドが生体内に蓄積すると、シャペロンによる分子機構でも溶解できず、どんどん蓄積が進む。細胞死から組織の死、ひいては生命が死に至る。現在では20種類ほどのタンパク質が、アミロイドを形成して疾患因子になることが分かりつつある3)。このようなアミロイド型の凝集は、特定のタンパク質だけが形成するものだろうか。ヒトは遺伝子レベルで三万数千種類のタンパク質をもつが、アミロイドとは、たった20種類だけが形成する特殊な構造体なのだろうか、それとももっと普遍的な構造なのだろうか。筆者らはこの疑問
を解決するための萌芽的な研究を開始した。本研究では、疾患には関係のない普通のタンパク質を数種類選択し、アミロイド化させる試みをした。まず、モデルになるタンパク質を選択し、多様な溶媒条件でのアミロイド化を試みた。その結果、アミロイド化に好ましい溶媒条件を見出した。この条件では、調べた限りのタンパク質は全てアミロイド化することが判明した。つまりポリペプチド鎖には潜在的にアミロイド化能を持つことを示唆する。
2.方法
2.1材料
モデルになるタンパク質を、立体構造や由来に偏りのないよう選択した。第一のモデルタンパク質には、bovinebeta-lactoglobulin (bLG), calf thymus histone H2A (HH2A), hen egg white lysozyme (HEWL), bovine trypsinogen (TRY)の四種類を用いた。第一のモデルタンパク質で溶媒条件を見出したあと、第二のモデルタンパク質六種類でその結果を検証した。第二のモデルタンパク質はbovine superoxide dismutase, bacillus thermoproteolyticus thermolysin, bovine apo-transferrin, rabbit glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase, bovine carbonic anhydrase, concanavalin Aを用いた。これらは全てSigma社から購入した。ポジティブコントロールとして用いたβ2ミクログロブリンは、大阪大学蛋白質研究所後藤祐児教授から譲渡して頂いた。Aβ42はペプチド研究所から購入した。ヒト由来のアミロイドであるmedinをもとにした、medin誘導体タンパク質は、大阪府立母子保健総合医療センター研究所の浜田大三博士らが作成したものをもとにした。medinは定法に従いPCRを用いた遺伝子工学的な改変を行ったあと、一部を微量アミロイド化のポジティブコントロールの条件検討に使用した。
2.2アミロイド化の条件の選択
第一のモデルタンパク質を対象に、次の溶媒条件でアミロイド化を試みた。温度を37℃と57℃、エタノール濃度を0%,5%,50%、20 mM HCIか20 mMリン酸緩衝液(pH7)か20 mM NaOH、100 mMの塩化ナトリウムの有無、の条件にした。これらの条件を全てかけ合わせた36通りの条件でのアミロイド化を試みた。上記の条件にした3 mg/ml濃度のタンパク質溶液を、1ヶ月間、静置した。サンプルの一部を採取して原子間力顕微鏡(AFM)とチオフラビン蛍光検出によって、アミロイド化を定量した。β2ミクログロブリンのアミロイド化形成条件は文献に従った(4)。この条件に100mMの小分子添加剤を加えた。medin誘導体タンパク質のアミ1コイド化は既報に従った5)。
2.3原子間力顕微鏡
AFMは、セイコーインスツルーメント社製SPA400を用いた。マイクロカンチレバーはセイコーインスツルーメント社製SI-DF40Pを用いた。測定は、最初に20μm四方のスケールで探索したあと、凝集体をおよそ2μm四方に拡大して詳細を観察した。
2.4チオフラビン蛍光の検出によるアミロイドの微量定量
アミロイドの検出には、チオフラビンの結合に伴う蛍光を測定した。通常のスケールでの検出は次の方法を採用した。0.l mLのインキュベートしたタンパク質溶液を1.9 mLの50 mMグリシンナトリウム緩衝液(pH8.5)+20μMチオフラビンTに溶解し、四方石英の1 cmセルに加えた。蛍光は日本分光社製FP-6500を用いて、励起波長440 nm(バンド幅3 nm)、蛍光波長480 nm(バンド幅3 nm)の条件で測定した。微量でのアミロイド検出には次の条件を用いた。96ウエルのマイクロプレートに25μLの0.2 mMのタンパク質溶液を添加し、凍結乾燥させたあと、50μLの10 mMリン酸緩衝液(pH7.4)に100 mMの任意の添加剤を加えた溶液を添加した。この状態で37℃で保温して、アミロイド伸長させた。24時間この状態で保持した。最終20μMになるようチオフラビンTを加えたのち、0.2 mLのマイクロピペットを用いて数回ピペッティングして、沈澱したアミロイド凝集体を遊離させ均質な溶媒にした。蛍光マイクロプレートリーダーを用いて、444 nmの励起波長での485nmの蛍光強度を測定した。
3.結果
3.1非疾患性タンパク質四種類を用いたアミロイド化条件の探索
第一のモデルタンパク質四種類を用いて、マイクロチューブ内でのアミロイド化を試みた。36通りの溶媒条件でのアミロイド化を試みたところ、次の順序でアミロイド化に影響が強いことが判明した。(1)pH、(2)温度、(3)添加アルコール、(4)添加塩。興味深いことに、pHが酸性の場合だけがアミロイド化した。pHは2のサンプルだけがアミロイド化し、pH7およびpH11に相当する溶媒の24通りは、四種類のタンパク質全てがアミロイド化しなかった。今後、詳細に検討する余地があるが、アルカリの場合には一ヶ月の保温の間にペプチド結合が加水分解されている可能性が高い。中性や酸性では加水分解は生じていないと考えられるので、酸性の方がアミロイド化に好ましいと考えられた。温度は37℃ではbLGとHHWLはアミロイド化した条件があった。いずれも5%エタノールが添加された条件であった。57℃では全てのタンパク質が、ある条件でアミロイド化した。塩濃度はアミロイド化に影響を与えなかった。四種類のモデルタンパク質を用いた最適な条件は、pH2, 57QC,5%エタノールであった。この条件では四種類全てのタンパク質がアミロイド化した。そこで1 mLの容量であらためて1ヶ月間インキュベートし、作製させたアミロイドをAFMを用いて詳細に調べた(図1)。全ての観察された凝集体は、アミロイドの特徴である分岐のない幅数ナノメートルの構造をしていた。興味深いことに、アミロイド構造には特徴があった。HHWLとTRY、bLGは直線状のアミロイドを形成したが、HH2Aは曲がった構造をしていた。曲がったアミロイドと直鎖状のアミロイドがなぜ形成できるのか、現在の所まだコントロバーシャルな部分を含んでいるが、ジスルフィド結合の有無によるだろうと言われている4,6)。
3.2アミロイド化に最適な条件での他のタンパク質のアミロイド化
四種類のモデルタンパク質を用いて調べたところ、アミロイド化に最適な条件は微濃度エタノールを含んだ酸性溶媒であることが判明した。そこでpH2, 57℃,5%エタノールの溶媒で、ポジティブコントロールを含めた9種類のタンパク質(superoxide dismutase, thermolysin, apo-transferrin, glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase, carbonic anhydrase, concanavalin A,改変型medin, Aβ42, β2ミクログロブリン)のアミロイド化を試みた。その結果、全てのタンパク質がアミロイド化した。この結果が示唆するのは、非疾患性のタンパク質であっても溶媒条件によってはアミロイドを形成するということである。
構造が極めて詳細に観察できるサンプルもあった。螺旋構造が観察されるアミロイドもあった。この構造も、疾患性アミロイドと共通の特徴である。図2に、高解像度での観察に成功したsuperoxide dismutaseのアミロイド構造を示す。下側に観察できる螺旋が見えるアミロイドと、そのプロト体のように見える上側にある細いアミロイドの両方が混在しているのがわかる。アミロイドの構造については現在、議論が進められているが、図3のようなモデルになっているのではなかろうか。細いプロトフィブリルがおそらく二本よりあわさって、一本の成熟アミロイドになっているように見える。
3.3添加小分子によるアミロイド化の促進タンパク質の凝集は、小分子添加剤によって抑制することが可能である。例えばスペルミジンやスペルミン、アルギニンエステルを添加するとリゾチームは加熱凝集しなくなる7・8)。その他にもタンパク質凝集を抑制する小分子が存在しており9)、タンパク質凝集が第三成分によって制御できることを示唆する。同じようにアミロイド形成も、溶媒に混在させた小分子の影響を受ける可能性が高い。アミロイド化を高度に抑制する小分子が見出された場合には、創薬として化学構造をデザインするための基盤にもなる可能性を秘める。そこで、小分子を添加することでアミロイド化を促進や抑制が可能かを調べた。タンパク質にはβ2ミクログロブリンを用いた。β2ミクログロブリンは透析アミロイド症の原因になるタンパク質である。
図3にβ2ミクログロブリンのアミロイド形成をチオフラビン蛍光で観察したものを示す。この条件ではシードとなるアミロイド破砕物を添加しないとアミロイド化しないが、シードを添加するとすみやかにアミロイド化が観察された。八時間後のβ2ミクログロブリンのアミロイドのAFM写真を図3に示す。この実験系を用いて、添加する小分子のアミロイド化への影響を調べた。図4に、100 mMの添加剤を加えたあと8時間後に形成されるβ2ミクログロブリンのアミロイドの量を示す。チオフラビン蛍光強度を指標にアミロイド量の相対値を求めた。タンパク質の加熱凝集抑制剤として機能するスペルミンやパラジアミノシクロヘキサンに、β2ミクログロブリンのアミロイド形成の抑制効果が見られた。カフェインにもアミロイド形成抑制効果が見られたのは興味深い。これらはアミン小分子であり、アミンがアミロイド形成抑制剤として機能する可能性がある。塩やアミノ酸にはアミロイド形成に対して、抑制も促進も効果が見られなかった。
4.得られた成果と今後の展望
本研究では、十種類もの非疾患性タンパク質がアミロイド化する件を見出すことができた。単一の溶媒条件でも多くのタンパク質がアミロイド化した。この結果が示唆するのは、タンパク質には潜在的にアミロイドになりやすい性質を持つということである。このまま対象のタンパク質を広げていっても、おそらく大部分のタンパク質が、この条件でアミロイドになるのではないか。本研究で見い出した溶媒は、36通りの中から探索した、57℃、pH2に5%エタノールが含まれた条件であった。この溶媒環境は、結果的に生体環境とは異なっていた。今後の課題としては、さらに微量で、迅速にアミロイド化を誘導検出できる系をつくることである。こういった系が確立すると、in vivoに近い溶媒環境でも普通のタンパク質がアミロイド化するのかを調べていくことが可能になる。その中から、ポリペプチド鎖に普遍的に内在するであろう、アミロイド化の分子機構に関する知見も得られるだろう。全てのタンパク質がアミロイド化することが示唆された。この研究の中で、溶媒環境によってアミロイド化する傾向が異なることが分かってきた。次の段階として、どのような小分子を添加しておけばアミロイド化を促進するのか、抑制するのかを調べる研究を開始した。その結果、タンパク質凝集抑制剤として見出してきたスペルミンやアミノ酸誘導体が効果的であることがわかった。この研究をつきつめると、アミロイド化形成を促進や停止、分解するような、制御する方法論へと発展するだろう。本研究で用いたβ2ミクログロブリンは、透析アミロイド症を引き起こすタンパク質である。例えば透析外液に小分子を添加しておけば、アミロイド化をうまく抑制できる可能性もある。もちろん本研究はまだ予備的な段階に留まっているが、将来、発症リスクを抑制する透析外液の開発にも役立つだろう。