2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

アミロイドペプチドの線維化を規格化し細胞毒性測定が可能な光リンカー細胞アレイ

研究責任者

臼井 健二

所属:甲南大学 フロンティアサイエンス学部 生命化学科 講師

概要

1.はじめに

高齢化社会に突入した我が国において、アルツハイマー病やパーキンソン病といったタンパク質のミスフォールディングの一つであるアミロイドによる重大疾病(アミロイド病)が社会問題化している 1)。アミロイド病は、原因物質といわれているアミロイドペプチド・タンパク質が正常な構造から、異常な構造に変化して集合化し、オリゴマーを経て、ポリマーとなる 2)。このポリマーは、電子顕微鏡上で線維のような構造を形成(線維化)している。近年、アミロイドに関する研究は、医療分野のみならず、各方面で、様々行われているが、未だにどのようなアミノ酸配列(ペプチド配列)が線維化するのか、その配列は生体で有益か、毒性を示すのか、それらの体系的な配列の知見は見出されていない。また、病原アミロイドタンパク質の線維化を促進したり抑制

(注:図1/PDFに記載)

したりするペプチド配列も発見されてはいるが、こちらも体系的な配列の知見は見出されていない。このように研究が遅々として進まない原因の一つとして、研究の準備段階であるアミロイドペプチド・タンパク質試料の調製の難しさが挙げられる。これらペプチド・タンパク質が毒性を強く示す分子の状態は、線維化過程の途上である分子がオリゴマーを形成している時といわれ、その状態に分子の集合体を保つのが難しいのはもちろん、線維化を行わせる準備段階のモノマー化させる(1 分子 1 分子にばらばらにさせる)方法も統一されておらず 1),3),4)、さらに線維・オリゴマー作成条件も各研究者、グループでまちまちとなってしまっている。

そこで、本研究ではこのアミロイドペプチド・タンパク質の状態を測定時には単一なものに統一(規格化)し、その上で、線維化やオリゴマー

(注:図2/PDFに記載)

化、それに伴う細胞毒性などを網羅的・体系的かつ簡便に測定できるような医工学装置である、細胞アレイ 5),6)の構築を目指すことにした(図1)。具体的には、アミロイドペプチドをアレイ基板上に共有結合を介して固定化してしまうことで、これらペプチドを簡単にモノマー化することを考えた。さらに、測定時に容易に遊離できるよう、固定化部分に光切断リンカーを用いることで、測定を行いたいときに光照射によりペプチドを遊離させることができ、これにより、オリゴマー化や線維化の時間や条件の統一が容易にできるのではと考えた。以上のように、本研究では様々なアミロイドペプチド配列を光切断リンカーを介して基板に固定し、いつでも誰でも簡単に同一の測定が可能なアミロイドペプチドの毒性測定用アレイの構築を目指す。本アレイは、基礎医学、薬学分野から臨床まで幅広い分野で活躍が期待できる、医工学装置となると考えられる。

 

2.内容

本研究では、アミロイドペプチドのオリゴマー化・線維化を規格化し、同条件でオリゴマー化・線維化させ、それにともなう細胞毒性を観察測定し、その作用機構の解析やそのような作用のあるペプチド配列を探索できる簡便なシステムに向けた基盤技術の構築を目指す。光切断官能基を固定化リンカーに用い、アミロイドペプチドをアレイに固定化させ、その上で細胞を培養するという細胞アレイの作製を試みる。細胞アレイに光を照射させると、ペプチドをアレイ基板に固定していたリンカーが切断され、ペプチドが遊離し、その時点からペプチドのオリゴマー化や線維化を始めることができる。そして、細胞も近傍に存在するため、細胞毒性を比較的短時間で簡単に解析することが可能となる(図1)。

以上のようなシステムを、まず 96-well マイクロプレート上やマイクロビーズ上で構築を試みる。次に光照射によるペプチドの遊離や、それに伴って開始される、オリゴマー化や線維化の条件

を検討する。さらに、細胞毒性試験がこのシステムで可能かどうかの検討も行った。これらの知見をもとに、様々なペプチド配列を固定化し、そのオリゴマー化や線維化、細胞毒性の解析が行えるシステムの構築に向けた準備研究も行った。

 

2.1 96-well マイクロプレートやマイクロビーズを用いたシステムの構築

まず、これまでに構築を行ってきた、96-well マイクロプレートを用いたアレイの構築を検討した。光切断リンカーにはこれまでに、その有用性が示されているものと同様のものを用いた[1,2]。本リンカーは 365 nm 付近の光照射により、切断されることが知られている。また、過去の研究からこの波長は細胞に害をほとんど与えないことも知られている 7),8)。これらの知見は本研究期間中に、方法論として Methods in Molecular Biology 誌の招待論文としてまとめており、近日中に発行予定である[3]。以上をもとに、アミロイドペプチドを合成し、プレートへの固定化を検討してみたが、固定化時にもオリゴマー化、線維化が起こって、固定化効率の低下や、固定化されたものが確実にモノマー化されていることの確認の難しさも懸念されたために、プレートによる本システムの構築は断念した。

そこで、マイクロビーズを用いたシステムの構築を次に試みることにした。ペプチド合成用のマイクロビーズをそのまま用いる方法で、ペプチド合成の要領で、直接ペプチドを配置する手法である。その際、光切断リンカー人工アミノ酸もペプチド合成と同様の手法で導入しておく。こうすれば高純度合成が必要ではあるものの、ペプチドの固定化を省略でき、合成し脱保護をしたペプチドは全て必ずモノマー化されていることになる。その後、ビーズに光を照射することにより、ビーズからペプチドを遊離(脱樹脂)させ、線維化を起こさせる(図2)。ビーズの細胞への添加量や、ペプチドのビーズへの導入率は容易にコントロールできるために、プレート上で行う方法よりも

(注:図3/PDFに記載)

効果的かつ簡便な方法となることが期待できる。ペプチド合成および光切断官能基の導入はFmoc 固相法 9)により行った。また脱保護は、既報の方法にて行った。合成に使用した樹脂は、通常の脱保護ではペプチドが脱樹脂されないものを用いた。今回モデルとして合成したペプチドの配列には、今後の基盤的検討が行いやすい、アミロイドβペプチドの部分配列 10),11)を選定した(図3)。

 

2.2 光照射によるペプチドの遊離実験

ペプチド合成・脱樹脂が終了したマイクロビーズに 365 nm 付近の光を照射し、ペプチドの遊離を確認した。光照射には本助成金により購入した紫外-可視ファイバ光源(浜松ホトニクス、LED 光源用コントローラ(C11924))を用いた。

まず、照射方法や照射時間などの条件の最適化を行った。光切断溶液としては、線維化実験の際に極力影響がないような溶質で、凝集を極力抑えられるものとして、5 mM NaOH を選択した。この溶液であれば、線維化実験の際に測定用緩衝液を加えた際には、中和されて、ナトリウム塩となるだけとなり幅広い条件での測定が可能となる。また、照射距離は短時間での強い光強度を得るために、試行錯誤の結果、5 cm とした。光照射時間としては、切断後直ちに線維化を起こしてしまうため比較的短時間である 15 分までと設定した(図4)。今回の条件において、15  分では樹脂上のペプチドは完全に遊離されていないが、遊離したペプチド量を UV 測定で見積もれば、以降の実験には支障が無いことから、今回は 100%完全に樹脂から遊離させる条件の検討は行わなかった。今後、マイクロビーズに結合しているペプチド量(導入率)を変化させることで、効率よく切断できるよう必要ならば、最適化してきたい。

(注:図4/PDFに記載)

 

2.3遊離させたペプチドにおけるモノマー化の確認

次に遊離した直後のペプチドが完全にモノマ ー化されている状態であることをゲルろ過によ って確認した。UV 照射にて遊離させた直後の A β10-35 をゲルろ過した結果、モノマーと思われる溶出時間のみに1本ピークが見られた。以上よ り、Aβ10-35  はほぼ完全にモノマー化されていることが示唆された。次に、比較のために、あら かじめ合成・脱樹脂・精製した Aβ10-35 を用意し、DMSO 法によるモノマー化を行い、ゲルろ過を行ったところ、モノマーと思われるピーク以外 に、複数のオリゴマーと見られるピークが見られ、モノマーのピーク面積は全体のピーク面積の半 分以下となった。以上より、本法は、他のモノマー化方法よりもモノマー化効率が優れているだ けでなく、DMSO 法においては DMSO を取り除くために測定前に簡易のゲルろ過も行わなけれ ばいけないことから、簡便さにおいても本法は優 れているといえる。

 

2.4 遊離させたペプチドの線維化実験

遊離したペプチドのオリゴマー化、線維化を次に観察することにした。アミロイド線維の蛍光指示薬であるチオフラビン T を用いて、本法、および DMSO 法で調製したペプチドの線維化の時間変化を測定した。その結果、本法においては、モノマー化からオリゴマー化にまでには時間がかかりそこから一気に線維化がはじまる、理想的な線維化過程であるシグモイラルな経時変化の線維化反応が見られた。一方、DMSO 法では、2.3 でも述べたように、すでに、凝集が始まっており、線維化開始直後から、蛍光値が上がっている結果が得られた(図5)。このことから、本法は、モノマー化が簡便に行え、かつ線維化測定の調製も容易であり、線維化過程も理想的な挙動を示すことがわかった。

(注:図5/PDFに記載)

2.5 ペプチド固定化マイクロビーズの毒性実験

細胞毒性を有するペプチドを固定化したプレートでの培養は通常培養と同じように細胞が生育することがこれまでの我々の知見で明らかになっているが、アミロイドペプチドを固定化したマイクロビーズを共存させた状態で、HeLa 細胞を用いて、通常培養と同様の培養が可能であるか検討を行った。その結果、ペプチドを何も結合させていない、マイクロビーズのみと同様、短時間共存培養においては毒性が見られないことが分かった(図6)。今後は長時間での共存培養が可能かどうかも行っていきたい。また、ビーズを共存させた状態で光照射を行い、リアルタイムの線維化毒性実験を試みたが、今回の条件では照射した光の強度が強すぎて、細胞が死んでしまうことが判明した。今後は、照射する光の強度を下げて実験を行う必要があり、その条件でも効率的にペプチドが遊離できるようにマイクロビーズへのペプチドの導入率などをここでも検討する必要がある。

(注:図6/PDFに記載)

 

2.6 様々な配列のペプチドの線維化および毒性評価(次年度へ向けた試み)

以上の知見から本法は、まだまだ改善しなければならない点もあるものの、非常に簡便で有用なアミロイドのモノマー化、凝集化法であることが判明した。そこで、実際にペプチドライブラリを構築し、そこから線維化ペプチド、そして細胞毒性を示すペプチドの配列を見出す研究を次年度以降、展開していく予定である。その研究の準備段階として、モデルペプチドより線維化能や凝集能の強い配列への本システムの適用の検討、および、それらペプチドの高純度合成法の確立が必要となる。そこで、アミロイドβペプチドの全長配列を用いて、高純度合成法の確立および、システム適用の検討を行うことにした。

まず、高純度合成法の確立においては、以前の我々のライブラリ構築ノウハウを適用することで、高純度合成が可能であることが判明した。システムの適用については現在行っているところ

である。また、光照射法以外の温和な条件でのペプチド切断法の確立も現在行っている。さらに現在、様々な配列をもったペプチドライブラリの構築や、アミロイド病診断薬や治療薬の開発に向けた企業などとの連携の模索などを行っており、実際にペプチドアレイ製造ベンチャー企業1社とも共同研究を開始している。

 

成果

以上の成果は、日本化学会第 95  春季年会(2015)などの複数の国内学会において発表[4, 5]したほか、第 12 回光科学若手研究会においては、招待講演も行った[6]。原著論文も現在執筆中である。また、細胞アレイに関する関連論文も 5 報発表[1-3,7,8]したほか、アミロイドに関する関連論文についても1報は現在投稿中である[9]。

 

まとめ

以上より、本アレイが医工学装置として製造できるようになれば、どのようなペプチド配列がオリゴマー化・線維化し、どのように細胞に影響を及ぼし、毒性を示していくのかが、共焦点顕微鏡などと組み合わせることにより、リアルタイムで観察解析でき、アミロイドペプチドの毒性の作用機構の解明の一助となることが考えられる。さらに、これを応用して、アミロイド毒性を阻害する薬剤の探索が可能となる。阻害したいアミロイドペプチドを固定化し、その上で細胞を培養し、薬剤の測定を行う際に、薬剤の添加と光照射によるペプチドの遊離を行えば、線維化やオリゴマー化が阻害されているかという分子レベル解析から、細胞毒性、ペプチドの細胞内透過性などの細胞レベル解析まで同時に行える画期的なシステムとなる。また、これを応用すれば、患者の血中サンプルを利用して、診断が難しい初期のアミロイド濃度が低い状態でも、線維化ペプチドを固定化、遊離することにより、オリゴマー化、線維化の増幅が行え、解析も分子レベルの測定ではなく、細胞アレイ上に生存している細胞数を数えるだけで診断できるシステムの構築が可能となる。以上のように本研究は、基礎医学、薬学分野から臨床まで幅広い分野で活躍が期待できる、医工学装置となると考えられる。