2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

アナレンマを撮影する ~日常に密着した地学教育を求めて~

実施担当者

山本 芳裕

所属:岩手県立大船渡高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 理科は、身の回りで起こっている様々な自然現象を論理的、かつ可能な限りシンプルに理解し、それを元に別な現象を考察する教科である。従って、学問の根底には自然現象があるわけだが、高等学校までの理科で学習する内容は、既に科学的に確立されたものであり、教科書を読めば全て理解できるものとなっている。
 そこで、教科書を身の回りで起こっている自然現象と結び付ける工夫が必要となる。理科の授業でしばしば取り入れられる観察や実験は、自然界で起こっている現象を実験室内に再現するという点で、学習した内容と日常生活との間の架け橋となる、非常に有効な手段であると言える。
 しかしながら、地学分野の学習においては、地球や太陽、宇宙など、空間スケールが非常に大きく、また137億年という宇宙の歴史など、時間スケールも非常に長いため、実験室内に再現することが困難な場合が多く、架け橋を作ることが非常に難しい。
 それゆえ教師には、日常生活に影響を及ぼしている様々な自然現象に目を向けさせる能力が問われている。何気ない日常の中にも、地震活動や潮汐、日々の天気、月の満ち欠け、流星群など、注意深く見ていくと地学的事象がたくさん存在していることが分かるから、そのような現象に、主体的に目を向けさせられるような授業を展開、教材を開発していく必要がある。
 生徒の好奇心を刺激し、自ら学ぼうとする意欲をより一層かき立てるものの1つに、太陽の運行がある。朝になると昇ってきて、昼に南中し、夕方に沈む(というよりは、太陽が昇ってくる時を朝、南中する時を昼、沈む時を夕方と定義し)1日の生活のリズムを決定付けてくれる太陽であるが、詳しく見ていくと毎日同じ運動をしている訳ではない。小・中学校の理科では、季節によって日の出・日没の時刻や方位、南中高度が異なることを学習している。加えて高等学校の地学では、太陽の南中時刻が必ずしも正午ではないことを学ぶ。その原因は、地球の自転軸が公転面に対して垂直ではないこと、地球の公転軌道が楕円軌道であること、日本標準時の基準が東経135度の子午線であることなどが挙げられる。この「南中時刻の正午からずれ」を均時差といい、教科書では年間を通していつ何分ずれているかというグラフとともに取り上げられているのだが、例えば均時差が8分の日の正午、太陽はどこに見えるのかという問いに対し、正しく答えられる高校生は、残念ながら少ない。均時差を理解はしていても、それが実際と結び付いていないのである。
 この均時差の影響で、年間を通して同時刻に太陽の位置を記録すると、その軌跡は8の字状の図形を描く。これをアナレンマという。中学校では太陽は正午に南中すると習うものの、実際に正午に南中するのは年4日のみで、季節によって正午前に既に南中していたり、正午になっても南中していなかったりということが起こっていることが分かる。
 アナレンマを生徒に見せる方法は2つある。1つはシミュレーションソフトを使う方法である。フリーソフトの「stellarium」は、地球上の任意の場所で任意の時刻に観察できる天体を教室内に再現できる。時間の早送りも可能で、大船渡における正午の太陽の位置を追ってみると、きれいな8の字を描き、均時差やアナレンマへの理解を深めることができる。
 もう1つは実際に撮影された写真を用いる方法である。ウェブ上には写真家が撮影したアナレンマの写真がいくつか存在する。シミュレーションソフトと異なり、周囲の風景とともにより身近に感じられることがメリットであると言える。しかし、1年間条件を同じにして撮影し続けなければならないことが最大の課題である。
 そこで本研究では、生徒に生きた教材を見せ日常生活との架け橋を作るための一手段として、「大船渡で見えるアナレンマ」をできるだけ容易に撮影する方法を開発し、その方法を用いて撮影した写真を用いて授業を行うことを試みたので、その成果を報告する。


2.iPadを用いたインターバル撮影システムの構築
 定点観測は、教育現場を始め様々な場所で威力を発揮する。前述した天体の運行をはじめ、植物の成長や雲の流れなど、時間を早回しで記録する際に非常に効果的であるが、装置が高価であることや仕組みが複雑であることなどから、自ら撮影に挑戦する教員は多くなかった。
 しかし技術の進歩により、インターネットの発達した今日では、様々な場面でライブカメラによるリアルタイム画像の配信(定点観測)が行われるようになった。多くが「ウェブカメラ+パソコン+無線端末(あるいは有線)によるインターネット接続」という仕組みを取っているが、より手軽にできれば、教育現場をはじめ、様々な場所での応用が期待できる。
 そこで、現在市販されているスマートフォンやタブレット端末に注目した。その理由は、以下の3点である。
①最近の端末には、高解像度のカメラが搭載されていること。
②インターバル撮影を可能にする様々なソフトウェア(アプリ)が開発されていること。
③単体でインターネットに接続が可能であること(タブレット端末はセルラーモデルに限る)。
 これらの性質をうまく組み合わせて、定点観測のシステムが構築できないか検討した。

【原理】
 端末に搭載されているカメラ及びインターバル撮影のできるソフト(アプリ)で画像を連続撮影する。撮影した写真を、ネットワークを経由して自宅や職場のパソコンに送信する。遠く離れていても、電源さえ供給できていれば、長期間の定点観測及び、データの取得が可能となる。

【使用機材】
・iPad Air セルラーモデル
・ソフトウェア「タナカメラ」

【結論】
 写真の連続撮影は成功したが、3G(4G)回線を使った撮影画像の自動転送はできなかった。

iPad+iCloud+MacBook Air
 最初に試みた方法である。MacBook AirやiPadのユーザーには、アップル社の提供する無料のクラウドサービスiCloudを利用してデータのやりとりを行うことができる。それを利用して撮影した写真をMacBook Airに転送することを試みた。しかし、転送にはWifiでのインターネット接続が必要で、3Gまたは4G回線を利用した転送はできなかった。(iCloudの制約)

改善策①
iPad+ドロップボックス+MacBook Air
 次に試みたのは、別なクラウドサービスであるドロップボックスの利用である。カメラアップロードに3Gまたは4G回線を利用できる機能があったので、iPadで撮影した写真を自動でドロップボックス上にアップロードしてくれることを期待したが、「位置情報の大幅な変化があったとき」しかアップロードしてくれないということで、定点観測では利用できなかった。

改善策②
iPad+ポケットWifi+iCloud+MacBook Air
 結局、iPadを直接ではなく、Wifi端末を経由してインターネットに接続することで、転送まで成功させることができた。(結局iPadはセルラーモデルである必要はなくなり、Wifiモデルでも可能となった。)


3.インターバル撮影システムを用いた太陽の撮影
 前段で開発したシステム(改善策②)を本校玄関の屋根に設置し、太陽の定点観測を試みたが、風雨対策として講じたドーム内の温度が高温になりすぎてしまい、iPadが動作を中断、撮影が継続できなくなるというトラブルが発生した。
 晴天時、ドームをかぶせずにむき出しの状態での観察した場合は問題なく撮影することができた。(まれに、途中でソフトが勝手に終了することがあった。)


4.アクションカメラのインターバル撮影機能を用いたインターバル撮影
 結局、温度管理に困難が伴ったため、改善策②では、アナレンマを撮影することはできないという結論に至った。そこで、インターバル撮影の機能を持つアクションカメラを用いて撮影することを試みた。
 使用したのは、エルモのQBiCと呼ばれるアクションカメラである。アクションカメラはGoProをはじめ多々市販されているが、防水性、画角の広さ(対角185°)、100VAC電源の供給などの観点から、エルモのQBiCを採用することにした。
 撮影期間は9月23日~12月15日、毎時00分にインターバル撮影を行うこととした。撮影は非常に安定しており、約3ヶ月間の間、一度も不具合は起きなかった。アクションカメラによる写真を図2に示す。

【課題】
①雨天時に水滴が半球ドームの表面に付いてしまい撮像の邪魔になってしまった。
②カメラ固定方法が不十分であった。校舎に穴を空けることは不可能であったため、突っ張り棒を用いて固定したが、12月14日(日)の強風で、ずれてしまった。


5.結論
 「iPad+ポケットWifi」など(WiFi機能を有した)無線通信機器を用いて、手軽にインターバル撮影(定点観測)を行う方法を開発した。従来の方法より手軽であり、教育現場など様々な場面で応用が可能である。
 アナレンマの撮影は、太陽が撮影対象であったため、風雨対策や温度管理に課題が残り、本研究では成し遂げられなかった。(従って、授業での活用にも至らなかった。)本研究を通して、アナレンマの撮影には次の3点を確実に整備する必要があることも分かった。
①1年間を通してカメラが安定して動く(電源が供給される)こと
②カメラが絶対に動かないこと
③荒天にも耐えられること


6.今後の課題
 前述の3点の確実な整備が、撮影成功に向けた今後の課題である。場合によっては、アナレンマの撮影には、撮影システムの手軽さをある程度犠牲にすることも検討しなければならないと考える。
 現時点では、校舎内のほとんど人の入らない教室に、三脚で一眼レフカメラを固定し、パソコンと接続してインターバル撮影(プログラム撮影)を行うことが最も効果的であると考える。屋内であれば、風雨対策は不要であり、高温になることもない。夏至の日の太陽が屋内から観察できる場所があるかどうかが懸念されるが(大船渡の南中高度は約75°である)、万一ひさし等で遮られるようであれば、正午ではなく日の出頃や日没頃に時間帯を移して撮影に臨むことも考えたい。