2010年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第24号

がんの超早期診断に資するマルチスペクトルカメラの開発

研究責任者

永岡 隆

所属:静岡県立静岡がんセンター研究所 診断技術開発研究 研究員

概要

1.はじめに
メラノーマとは、皮膚などに存在するメラノサイト由来の悪性腫瘍である。その厚みなどによって病期は異なり、初期段階のメラノーマは患部を摘出することによってほぼ完治するが、悪性度の高いメラノーマの予後は非常に悪い1)。進行したメラノーマに対する有効な治療法はいまだ確立されていないため、現在でも最良の治療は早期発見・早期摘出であるとされている2)。メラノーマは患部の一部を摘出し、顕微鏡下で検査(生検)するだけで確実に診断することは困難であり、また一部のメラノーマでは生検によって予後が悪化するとの報告もあり1)、診断は非侵襲・非接触で行うことが望ましい。そのため、医師の主観的な評価に頼らざるを得ない。皮膚科の診断に大きな変革をもたらしたものとして、Nachbarらが提唱したABCDルール3)とSoyerらが開発したダーモスコピー4)が挙げられる。ABCDルールとダーモスコピーを正しく利用することで、高い精度でメラノーマを診断できると報告されている5)。しかし高精度な診断には長い経験が求められ、ダーモスコピーに不慣れな医師の場合、メラノーマの識別精度を悪化させてしまうという報告6)もあり、コンピュータなどを用いメラノーマを自動で鑑別できるようなシステムへの期待は大きい。従来のメラノーマ自動鑑別システムの一覧を表1に示す。これらのシステムの中枢技術は、カラー画像かマルチスペクトル画像に基づく画像処理技術の範疇にある。メラノーマを鑑別するための一連のパラメータは、"色"すなわち"壊されたスペクトル"に基づく画像から抽出されている。つまり、これらのパラメータは、組織病理学的に評価されたパラメータとは本質的に異なるものである。したがって、最近では、非侵襲メラノーマ自動鑑別システムでは、組織病理学的な診断の再現は困難であると考えられている7)。そのため、一般的には、これらの装置による診断は「セカンドオピニオン」として扱うような制限が必要と報告している論文もある8)。また、経験豊富な医師の主観による診断に敵わないとする報告もある9)。非侵襲メラノーマ自動鑑別システムは、本来は組織病理学的な視点で客観的に原発巣の悪性度を示すことが理想であり、すくなくともそれに準ずる分子レベルのパラメータに基づく客観的鑑別が可能であるべきである。本研究では、光学的に活性な分子種の変化ならびにそれら分子の濃度変化は光学スペクトルに反映されているという事実に注目し、光学スペクトルに基づいたメラノーマ鑑別システム実現を目指した。
2.方法
専門医がメラノーマを診断する際に用いるABCDルールの一つに、"border irregularity"(Bに相当)がある。これはメラノーマが浸潤性に富む悪性腫瘍であることと、腫瘍細胞が活発にメラニン産生をしていることを認めれば、メラノーマ細胞は浸潤しやすいところから浸潤していくと考えられ、その結果腫瘍辺縁部のメラニン分布に"でたらめさ"が顕在化するであろうことを捕らえていると理解される。浸潤領域には血管新生も認められると考えられる。ダーモスコピーを用いる診断では、医師は病変辺縁部における色の変化でのみ"でたらめさ"を判断する。換言すれば、主観
で"でたらめさ"を判断していることになる。メラノーマに限らず、悪性腫瘍の本質は、その"でたらめさ"にあるといわれている。"でたらめさ"を定量化できれば、悪性腫瘍をそれ以外と区別できると考えられている。最近のメラノーマ自動鑑別システム13)では、腫瘍辺縁部を画像処理の技術を用いて自動判定する試みがなされているが、判定された辺縁の形状が正しいか否かの基準は、医師が主観的に決定した辺縁形状によっているため、医師の考え方に近い特性をシステムに持たせることは可能であるが、その辺縁形状に物理的な意味や定量性を持たせることは難しい。メラノーマの辺縁部の"でたらめさ"を定量する手段の一つとして、フラクタル次元の利用がすでに提案されている。しかし、フラクタル次元を鑑別指標とした、メラノーマ診断の感度と特異度は、それぞれ、高々74%と75%にすぎない15)。したがって、それ単独で悪性腫瘍を鑑別できる状況にはない。すなわち、鑑別指標の成分の一つとして用いられているに過ぎない。何故フラクタル次元が悪性鑑別指標足りえないのだろうか。問題の本質は、フラクタル次元そのものではなく、それを評価するまでの前処理にあると考えた。従来提案されている技術で共通する前処理は、超音波画像、PET画像、X線輝度画像やカラー画像等の元画像から、2次元面上の境界線を確定するというものである。その方法はさまざまである。例えば、白黒画像化(2値化)、ついでGaussianおよびLaplacianフィルター処理を施す手法などである。フラクタル次元は抽出された境界線の"でたらめさ"を定量化する手法にすぎず、腫瘍鑑別能は境界線抽出方法に依存してしまう。本研究で提案する悪性腫瘍鑑別指標の導出方法は、分子レベルでの"でたらめさ"の起源を用いた前処理とフラクタル解析の組み合わせであり、これまでに存在しない新しい方法である。
2.1装置
我々が開発した装置の概観を図1に、光学系の概略図を図2に示す。また本装置の仕様を表2に示す。照明(A、Luminar Ace LA-150FBU、HAYASHI、JAPAN)からの光は皮膚に投射され、その反射光は専用に設計された光学系装置(Mitaka Kohki、JAPAN)で受光される。光学系装置内ではまずスリット付のミラー(C)によって反射光が分割され、2つのCCDへ送られる。スリットを通過した光は透過型分光装置(D、V-10E;Specim、Oulu、Finland)を通過することで位置情報と波長情報に分解され、超高感度CCD(iXon、Andor、USA)に記録される。ミラーによって反射された光はそのままもう一つのCCD(F、WAT-231S、Watec、JAPAN)に記録され、計測部のモニタリングに用いられる。レーザダイオード(B)からの単一波長光はオートフォーカス機構に用いられる。この光は常に自動焦点機構用CCD(E)に到達するように、対物レンズを上下動することで調整される。この機構を動作させることで、対物レンズと皮膚の距離を常に一定に保ち、画像のフォーカスを外さないようにすることができる。レーザダイオードの波長は、計測する波長域と重ならないよう、850nmとしている。図3に白色板を計測した際にCCD(D)に記録される画像を示す。横方向が波長情報であり、縦方向が位置情報である。ここでは照明光の強度によって、輝度値に変化はあるが、白色板によって幅広い波長域で照明光が反射されている様子が観察される。図4にはCCD(F)に記録される画像を示す。中央右よりの光点はオートフォーカス用のレーザである。このCCDはスリット付ミラー(C)の反射光を記録している。したがって画面中央部分の反射光はスリットから分光器へと進むため、CCD(F)の画像では縦方向の黒い線状のように抜けてしまっている。また、図2には示されていないが、照明光が皮膚に照射される直前と、直後に、一枚ずつ偏光板が挿入されている。両者は光路上で互いに垂直となるように設置されている。偏光板によって、振動方向が一直線上に整えられた光は、皮膚に含まれる散乱体に衝突する度に、わずかに振動方向を変化する。一方、皮膚表面の角質で反射された光はほとんど振動方向が変化しない。2枚の偏光板を互いに垂直になるように設置して計測することで、角質での乱反射による影響を抑え、皮膚内部の散乱体に十分に衝突し、皮膚の分子レベルの情報を得た光のみを計測することが期待される。この装置のスキャン方法の概略図を図5に示す。CCDカメラは1度に横640ピクセル、縦480ピクセルの画像を取得することができる。我々は横方向にスペクトル情報を、縦方向に位置情報を記録することで、1回のスキャンにより、480ピクセル分の位置情報と、640ピクセル分の波長情報を同時に計測することができる。この装置は3軸のステージ上に設置される。ステージをX軸方向に移動させることで計測位置を変化させ、全ての点の波長情報を得ながら、皮膚の位置情報を得ることができる。
2.2スペクトルの計測
表2に示したとおり、我・々の装置は320nmから940nmまでの範囲のスペクトルを計測することが可能である。しかしながら、分光器やCCDの特性により、450nm以下と750nm以上の範囲はSN比が悪い。そこで本研究では450nmから750nmの問の計測値のみを採用する。波長λにおける反射率Rλは式1に従って導出される。
ただし、count(λ)は波長λに対応するCCDのカウント値であり、black(λ)はCCDに搭載されたシャッターを閉じた際の波長λに対応するCCDのカウント値、つまり熱雑音である。white(λ)は計測前に予め計測しておいた、標準白色板(硫酸バリウム)を計測した際の波長λに対応するCCDカウント値である。本来であれば、皮膚に入射する光子の数と、皮膚に反射された光子の数の比で絶対反射率を定義すべきであるが、装置の構成上絶対反射率を測定することが困難であったため、標準白色板に対する皮膚の反射率の比Rλを用いる。black、whiteともに極力皮膚を計測する直前に測定し、システムの時間による変動を抑える。
2.3スペクトルの解析
本システムにおけるスペクトルの解析の流れを図6に示す。本解析アルゴリズムは2つのフェーズでメラノーマ特有の"でたらめさ"を定量化する。(1)ピクセルフェーズと(2)画像フェーズである。
(1)ピクセルフェーズ:各ピクセルにおける基準スペクトルとの差異を数値化するフェーズである。事前に基準となるスペクトルを用意する。基準スペクトルは同一ハイパースペクトル画像内の非腫瘍部の平均スペクトルでも、他の健常者の皮膚の平均スペクトルでも構わない。ハイパースペクトル画像の各画素に含まれるスペクトルと、用意した基準スペクトルを多次元のベクトルとみなし、両者がなす角ax,Yを式(2)により求め、両者の類似度の指標とする。
ただし、x、yはハイパースペクトル画像上での位置座標を示し、tは教師ベクトル、rは対象ベクトルを示し、nはスペクトルのバンド数を示す。教師ベクトル・対象ベクトルともに、式(1)によって求められる反射率を各要素に持つ。ax,yは基準スベクトルと各画素のスペクトルとの質的な違い、例えば、構成成分比の違いという分子レベルの差異を表している。この処理はKruseらによって提唱されたSpectral Angle Mapper(SAM)と呼ばれる手法16)である。例えば基準スペクトルに健常者の皮膚の平均スペクトルを用い、ハイパースペクトル画像の全画素に対して縣γを計算して得られる画像は、健常者の皮膚との類似度を示すマップとなり、ヘモグロビンやメラニンが健常者の皮膚より多く存在する領域がα矧の高い領域として現れる。以降、このマップのことをSpectral Angle Mapと呼称する。(2)画像フェーズ:前項の処理によって得られたSpectral Angle Mapの"でたらめさ"を定量化するフェーズである。本システムでは前述したとおり、"でたらめさ"の定量化にフラクタル次元を用いる。メラノーマではメラニン領域とヘモグロビン領域が複雑に入り組んでいることが予想されるため、メラノーマのSpectral Angle Mapのフラクタル次元は、メラノーマ以外のSpectral Angle Mapのフラクタル次元に対して値が高くなることが予想される。Spectral Angle Mapのフラクタル次元はボックス・カウンティング法17)を採用した。通常、ボックス・カウンティング法を用いたフラクタル次元の導出は2値画像に対して行われるが、Spectral Angle Mapは輝度値画像となるため、そのままの手法ではフラクタル次元を算出することができない。そこで、事前にSpectral Angle Mapに対していくつかの画像処理を施す。画像処理のフローチャートを図7に示す。まず、Spectral Angle Mapの画像サイズを拡大する。ただしx方向、y方向の画像サイズは同一の値Lとし、必ず2のべき乗とする。ただし、元のSpectral Angle Mapに値が存在しない画素の値は全て0とする。次に、各画素に含まれる輝度値情報を三次元の高さ情報に変換する。Spectral Angle Mapの輝度値は式(2)で求められる小数値α矧であるが、これを整数値x,yに変換する。画像全体におけるax.Yの最小値αmi。と最大値αmaxを調べ、式(3)にしたがって変換する。
ただし、INTは小数点第1位で四捨五入する関数を示す。得られたβ剛を各画素の高さに持つ三次元画像を作成し、三次元のボックスによるボックス・カウンティング法を適用する。ボックス・カウンティング法による三次元画像のフラクタル次元は以下のように決定される。フラクタル次元の算出方法の流れを図8に示す。w=1、2、4、_、Lの長さを持っ立方体を用意し、それぞれの立方体で対象の三次元画像を埋め尽くす。埋め尽くした立方体の数CをX軸に、その時の立方体の長さwをY軸にプロットした散布図を作成する。ただし、両軸とも常用対数を用いる。次に最小二乗法を用い、得られた散布図を一次近似する。得られた直線の傾きを一1倍した値がフラクタル次元となる。この手法によって得られるフラクタル次元は2から3の間の値をとる。
2.4メラノーマ鑑別能の評価
前節で得られたフラクタル次元の値をメラノーマ鑑別指標とし、設定した閾値以上であればメラノーマと判定する。病理診断の結果を真値とし、メラノーマ鑑別指標による判定の感度と特異度を算出し、本システムの評価を行う。また異なる閾値における本鑑別指標のパフォーマンスを確認するために、receiver operating characteristic (ROC) curveを描く。従来のメラノーマ自動鑑別システムとの比較には、ROCカーブの面積(AUC)を評価の指標として採用する。
3.対象
200817131~200913125の問に県立静岡がんセンター皮膚科を受診し、計測の同意が得られた患者の患部を、我々が開発したハイパー・スペクトル・イメージング装置を用い撮影した。実験参加者数は15病変・106画像(ALM2病変22画像・LMM3病変24画像・SMM1病変14画像・脂漏性角化症5病変39画像・母斑細胞母斑4病変7画像)であった。悪性黒色腫と脂漏性角化症の患者は、事前に経験のある医師によって目視で診断され、計測が行われているが、分類は摘出手術後の通常の病理診断によって確定した病名を使用している。母斑細胞母斑の患者は、経験のある医師による目視のみで診断され、計測を行っている。母斑細胞母斑の摘出と病理診断は倫理的問題から行っていない。
4.結果
4.1スペクトル計測結果の一例
本システムの計測結果の一例を図9に示す。本症例は80歳女性、右頬部の悪性黒子型メラノーマである。過去の報告18,19)に似たスペクトルが得られていることがわかるが、われわれの装置は細かい波長分解能と画像分解能を併せ持っており、過去の報告に比べ膨大なデータが一つの画像に含まれているという違いがある。図9(a)にはハイパースペクトル画像の各画素が持つスペクトルを用いRGBの値を推定して再構成した擬似カラー画像を示し、図9(b)には同じ場所をダーモスコピーを用いて撮影した画像を示す。擬似カラー画像でもダーモスコピー画像でも、メラノーマ患者ではメラニン濃度が高い黒いエリアの内部に、ヘモグロビン濃度が高い赤いエリアが入り組んでいる様子が観察できる。図9(c)に患部・辺縁部・正常部の平均スペクトルを示す。患部ではメラニンの吸収スペクトルに良く似た形状のスペクトルが観察され、正常部では酸化ヘモグロビンの吸収と見られる双峰性のピークが観察された。辺縁部では両者の中間的なスペクトルが確認された。図10に健常者皮膚のスペクトルを示す。このスペクトルは皮膚疾患を持たないアジア人1名の二の腕の皮膚を用い、皮膚着色領域のないおよそ10mm四方の領域をハイパー・スペクトル・イメージング装置で撮影し、全画素に含まれるスペクトルを平均して得られたものである。このスペクトルが前述したSAM処理の際の教師ベクトルとして用いられた。図2(a)に示したハイパースペクトル画像に対し、図10に示した教師ベクトルを用いてSAM処理を行った結果を図9(d)に示す。図9(d)に示す画像に対して、ボクセル・カウンティングを施した結果を図9(e)に示す。ボックスの大きさとボックスの数は高い相関を示した。図9(e)に示したグラフの直線の傾きがフラクタル次元であり、この値をメラノーマ鑑別指標とした。本症例におけるメラノーマ鑑別指標は2.78である。
4.2本システムのメラノーマ鑑別能の評価
得られた15病変・106個の皮膚拡散反射スペクトル画像全てについて4.1に示した結果と同様の処理を行い、統計処理を行った結果を図11に示す。予想通り、メラノーマ患者のSpectral Angle Mapのフラクタル次元は脂漏性角化症患者や健常者に比べ有意に高かった。また、脂漏1生角化症と健常者のSpectral Angle Mapのフラクタル次元には有意な差を認めることはできなかった。同様にALM、LMM、SMMといったメラノーマの病態によるフラクタル次元の変化に有意な差を認めることもできなかった。得られた119個のSpectral Angle Mapのフラクタル次元値に対して、ROCカーブを描いた結果を図12に示す。メラノーマとそれ以外を最も効率的に分類できる閾値となるSpectral Angle Mapのフラクタル次元はおよそ2.75である。そのときの感度はおよそ85%、特異度はおよそ91%である。図13は閾値となるSpectral Angle Mapのフラクタル次元を変化させたときの感度と特異度の変化を図示したものである。図13によると、Spectral Angle Mapのフラクタル次元がおよそ2.70を下回ればほぼメラノーマではないと言え、2.77を上回ると、メラノーマである可能性が極めて高いと言える。
5.考察
本研究結果はフラクタル次元を評価する前段階の処理が重要であることを明らかにしている。医用画像処理において、フラクタル次元と言うときは、2次元の境界線画像に対して算出されることが多い。本手法においても、例えばメラニン濃度が濃い領域(ホクロ:母斑細胞母斑)とヘモグロビン濃度が濃い領域(皮膚)の境界線を何らかの手法で抽出し、その境界線のフラクタル次元を算出することが可能である。その一例を図14に示す。しかし、メラノーマ患部においては、メラニンが"でたらめ"に分布していることが多く、通常の母斑などに比べ、その境界があいまいである。"でたらめさ"はメラノーマを含む悪性腫瘍の特徴の一つである。したがって、従来の手法で無理やりに境界線を引くと、その手法の出来不出来によって、フラクタル次元が変動してしまう。そればかりか、そのようなことをするとスペクトルがもっている情報を正しく利用できるという保証は何もない。スペクトルの持つ、分子種やそれらの濃度の変化という情報、を損なうことなく、分子レベルでの"デタラメさ"を表現する指標の探索が不可欠である。そのため場所から場所へと変動するスペクトルを特徴付けるスカラパラメータ(spectral angle)と、立体的な角度地図と、従来めったに利用されることがなかったボクセルカウンティング法を本研究では用いた。その結果得られるフラクタル次元を鑑別指標とすることで、単一指標にもかかわらず高い鑑別性能を得ることができたと考えている。
表3に解析に用いるパラメータ数とAUCによる先行研究と我々のシステムの比較を示す。従来のメラノーマ自動鑑別システムにおいては、高い水準での診断性能を実現するために、多数のパラメータを用いている。一方、提案している方法は、未だ症例数は少ないものの、たった一つの指標で高水準の鑑別性能を実現できている。このことから、ここで提案する鑑別パラメータは、スペクトルに立脚していることから、組織病理学的なパラメータに近い特徴を有していると考えられる。実用化へ向けての課題は、症例数を増やし、提案している鑑別指標のロバストネスを検証することである。そのなかで、現状では単一としている基準スペクトルを、身体の部位ごとに分けていくことも検討すべきと考えられる。臨床で多くのデータを計測する中で、患部が小さすぎるとフラクタル次元が低くなる傾向が認められた。これは患部が小さいためにメラニン領域とヘモグロビン領域の食い込みが明確に観察できないことが原因であると考えられる。現在採用している装置の画像分解能の限界であると考えられ、あまりに微小な病変に対しては、本手法は採用できないと考えられる。また、患部のメラニン濃度が極めて高い場合、正確な拡散反射スペクトルを得られないことや、計測中に患者が動いてしまうと、Spectral Angle Mapにシャープなずれが生じてしまい、正確なフラクタル次元を得ることができないという問題点があった。これらは計測後のスペクトルの補正で対応できる可能性が高く、更なるスペクトル解析アルゴリズムの改良が求められている。