2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

『京伏”水“学』を核とした研究コミュニティーの形成

実施担当者

加藤 正宏

所属:京都府立桃山高等学校 教諭

概要

1 はじめに

科学(情報)技術の発達と普及、国内企業の国際化、新巽国の発展による海外市場の活性化等に伴い、グローバル人材の育成が急務となっている。しかし、グローバル人材の育成は容易ではない。
その理由として、グローバル人材の育成には時間がかかること、グローバル人材の定義が各人各様であり一言で表現しにくいこと、などが挙げられる。そこで、高等学校での取組を基盤として、グローバル人材に求められる資質の育成方法について提案し実践を開始した。具体的には、『科学技術系分野で必要とされる「探究力と創造性」を備えた挑戦心あふれるグローバル人材を育成するための実践』を目的とした。この目的を達成するために、京都市伏見区の水環境と歴史を核とした学際的総合科学『京伏”水“学(きょうふしみがく)』を提案し、様々な角度から研究活動を行う。
その際、地域の小・中学校、高等学校、大学等と連携し、共同で実践を進める。なお、グローバル人材の定義としてグローバル人材育成推進会議(平成24年度6月4日)」の考え方を採用する。

グローバル人材:以下の三つ要素を併せ持つような
人材要素I:語学カ・コミュニケーション能力
要素II:主体性?積極性,チャレンジ精神,協調性・柔軟性,責任感・使命感
要素III:異文化に対する理解と日本人としてのアイデンテイティー

2 具体的な取組
2-1 伏見の水と醸造学
京都市伏見区は良質の水で有名であり、至る所で水採取が可能である。そこで、これらの水の成分を化学的に分析し、各水の個性(特徴)を調査した。
く調査項目>気温、水温、pH、カルシウムイオン、全硬度、金属総量、鉄、総残留塩素、COD、亜硝酸態窒素、硝酸態窒素、リン酸イオン

水質調査の結果、以下のことが分かった。すなわち、
①伏見の湧水は軟水から中軟水である、
②pHや水温はあまり変動しない、
③CODや亜硝酸態窒素、硝酸態窒素の変動は、比較的大きい傾向である、以上の3点である。
今回調査した水は、周辺の地形から考えて同一の水源(水脈)だと考えられる。つまり、水質を決めている基本成分は同一であると考えられる。一方で、採集地点に応じて成分値の大小があった。このような変動のある成分が、各水の個性を決めているものと考えられる。また、総合地球環境学研究所の先生方との議論において、「窒素成分の含有量が比較的高い所がある。これは興味深い。」というものがあった。この観点からも引き続き研究が継続できればと考えている。

伏見の各酒蔵は、水の個性を巧みに利用し固有の酒造りを行ってきている。その様子や歴史を、黄桜記念館や月桂冠大倉記念館等の見学を通して、また、キンシ正宗株式会社と連携し実体験を通して学習した。発酵に伴う発泡の様子、ほのかなアルコール臭やエステル臭、麹の味など、五感の刺激の連続であった。醸造学(酒作り)といえば職人技が幅を利かせる古いイメージがあったが、伝統の技法に最新の科学技術が融合されており、これまでのイメージが払拭された。

本校の教育活動の一環として、伏見の水質調査の結果について英語で発表会を行った。本会には、民間の英会話学校の先生や京都大学の先生にも御参加いただき、英語による質疑応答も行った。発表の作成から発表の練習、実際の発表までをネイティブの先生から学ぶことができたことで、英語活用能力の向上のみならず、コミュニケーション能力や発表能力の向上にもつながったと考えている。なお、本発表会実施後のアンケートにおいてほぼ100%の生徒が、本取組を肯定的に評価していることが分かった。

2-2 淀川水系の環境観察と水質分析一伏見を中心として一淀川水系は、琵琶湖を始点として京都市伏見区を経由し大阪湾へと流れている。そのため豊臣秀吉の時代以降、大阪と京都(伏見区)をつなぐ水路として利用されてきた。今も伏見港という名称が残っており伏見が交通の要衝であったことがうかがわれ、淀川水系の重要性がわかる。様々な観点から興味深い研究対象である。そこで、琵琶湖から伏見区までの淀川水系を対象に、環境観察や水質分析などを実施した。

この2年間の調査およびそれ以前の過去10年間の調査の結果から、「上流から下流に進むにつれてCODの値が減少する傾向であること」がわかった。ではなぜ、このような傾向があるのか。二つの可能性を考えている。一つ目は、川自身に自然浄化作用が備わっている、という可能性である。上流から下流に流れる過程で、空気中の酸素による酸化作用や水中の微生物による有機物の分解作用で、COD値が減少したのかもしれない。二つ目は、途中に存在する堰やダムによる物理的な浄化作用である。汚れの原因になる物質が徐々に除去されたことで、COD値が減少したのかもしれない。

2-3 普及活動
地域の小学生を対象にした理科実験教室や中学生を対象にした研究紹介、一般市民向けの天体観測会などを実施した。これらの活動では、本校生徒が実験の準備や指導、資料の作成など行うと同時にティーチングアシスタントとして主体的に携わった

3 まとめ
この2年間で、京都市伏見区の水環境と歴史を核とした学際的総合科学『京伏”水“学(きょうふしみがく)』を提案し、様々な角度から研究活動を実施することができた。また、その過程で、たくさんの発見や成果を得ることができた。

2年間の外部研究発表
・ 平成27年度第1回京都サイエンスフェスタ(奨励賞)
・ 平成27年度第2回京都サイエンスフェスタ
・ 全国理数科研究大会
・ 第4回ハイスクール放射線サマースクール(最優秀賞)
・ 平成27年度京都高校生総合文化祭
・ まほろば・けいはんな高校生理科研究発表会
・ 京都産業大学益川塾第8回シンポジウム
・ 平成27年度高校生理科研究発表会(最優秀賞)
・ 神奈川大学論文コンクール (努力賞)
・ 平成28年度第1回京都サイエンスフェスタ
・ 平成28年度全国高等学校総合文化祭 ひろしま総文2016(文化連盟賞)
・ 第5回ハイスクール放射線サマースクール(最優秀賞)
・ 平成28年度京都府高等学校総合文化祭自然科学部門(優秀賞)
・ 第36回近畿高等学校総合文化祭兵庫大会自然科学部門
・ 日経サイエンス誌2017年2月号掲載

2年間の連携機関および御協力機関等
・ 京都大学 (防災研究所を訪間しての体験学習)
・ 京都工芸繊維大学(淀川水系の環境観察および水質調査)
・ 京都教育大学 (巨椋池の環境調査)
・ 滋賀大学 (琵琶湖湖上調査)
・ 龍谷大学 (水生昆虫調査)
・ 京都学園大学 (水質浄化の科学)
・ 総合地球環境学研究所 (伏見の水質調査)
・ キンシ正宗株式会社 (伏見の水質調査および醸造学)
・ 黄桜株式会社 (伏見の水質調査、酒造りの歴史)
・ 月桂冠大倉記念館 (伏見の水質調査、酒造りの歴史)
・ 株式会社山本本家 (伏見の水質調査)
・ 長建寺 (伏見の水質調査、伏見の歴史)
・ 御香宮神社 (伏見の水質調査、酒造りの歴史)

上記のような成果や大学等の機関との連携に加え、地域の小学校や中学校等とも連携ができた。これら取組を通して、生徒達は探究力と創造性を向上させることができたと考えている。