2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

「フューチャー・アース」世代育成のための 地球科学教育プログラムの開発、実践と評価

実施担当者

川村 教一

所属:秋田大学教育 文化学部 教授

概要

1 はじめに

地球環境間題がますます深刻化しているため、従来の研究体制の抜本的な改善を目指す、ユネスコを初めとした国際機関による超学際的な研究フレームワークが"FutureEarth"である。我が国も日本学術会議で推進に向けての議論が始まっている見フューチャー・アースで注目されることの一つに、持続可能な未来の実現に向けた教育と人材育成の改善・強化があり、日本学術会議は、地球にかかわる教育研究に関し学校教育の再構築を提言しようとしている。これによると、中等教育の段階から国際的な場で活躍できる生徒を育成するための国内プログラムの企両・立案・実践などを積極的に推進すべきである、とされている。そこで私たちは、次世代の地球科学教育であるフューチャー・アース教育を進めるため、日本各地の地球科学を学びたい中学生・高校生を一堂に集め、専門家が現代の地球科学を指導する教育プログラムを開発し、実践している。

2 教育プログラムの開発方針

中央教育審議会答申では、「主体的・対話的な学び」により深い学びを達成させることを主張している。いわゆる「アクティブ・ラーニング」を理科でもより積極的に導入することが求められる時代になっている。そこで、本プログラムでは、地学に閃心はあるが必ずしも地球科学が得意ではない生徒も、主体的に地学事象に関わりたくなるような教材や指導法の開発を主眼とした。具体的には、これまでにわが国の教材にはなかったモデル実験装置の開発と生徒実験としての教材利用法の開発、単調になりがちな地球構成物質の記載的事項を子ども同士の相互作用を通じて表現力を身に着けさせる指導法の開発などが、新奇性のあるものである。

3 実践した教育プログラムの概要

3-1 教育内容の区分

本教育プログラムは、受講を希望する中学生・高校生を公募して西日本および東日本で行った。プログラムの内容は、「一般地質学」、「古生物学と地球環境」、「地球の構成物質」、「固体地球物理学」、「気象学」、「海洋学」に大別される。


3-2 会場別実施内容

本年度の実施プログラムの概要は以下のとおりである。
東京会場で8日間(10テーマ)、西日本地方では大阪市、香川県丸亀市、広島市の3か所で各l日計3日間(3テーマ)実施した。合計11日間(13テーマ)である。なお、実施プログラムはすべて異なっている。紙面の関係で、代表的な3テーマの実践結果について後で述べる。

1)東京会場(キャンパスインフォメーションセンター東京)
1月8日(日)
講師:瀧上 豊教授(関東学園大学)、題目「地学オリンピックの10年」
講師:小俣珠乃博士(海洋研究開発機構)、題目「岩石と堆積物の顕微鏡観察」
1月9日(月)
講師:川村教ー教授、題目「大気の構造」、「海洋の構造」
2月11日(土)
講師:川村教ー教授、題目「地形学実習:流水の働き」
2月12日(日)
講師:森里文哉氏(東京大学大学院)、題目「岩石の観察」講師:川村教ー教授、題目「古生物学実習」
2月18日(士)
講師:久田健一郎教授(筑波大学)、題目「地質図はおもしろい」
2月19日(日)
講師:森里文哉氏、題目「鉱物鑑定実習」
3月4日(土)
講師:山崎誠准教授(秋田大学)、題目「微化石からよむ地質時代と地球環境~小さな化石の大きな力~」
3月5日(日)
講師:林信太郎教授(秋田大学)、題目「造岩鉱物と岩石ールーペと偏光顕微鏡による観察」

2)大阪会場(大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎)
12月11日(日)
講師:岡本義雄(大阪教育大学附属高等学校)、題目「地震発生のシミュレーションモデル教材」

3)丸亀会場(香川県立丸亀高等学校)
11月12日(土)
講師:森里文哉、題目「岩石コミュニケーション実習」

4)広島会場(広島市市民まちづくり交流プラザ)
11月13日(日)
講師:坂口有人教授(山口大学)、題目「深海の巨大地震発生帯を掘る」

4 開発した教育プログラムの概要とその実践(抜粋)

4-1 地形学実習

テーマ名:「平野部の河川流路変遷のモデル実験」 (開発者:川村教一)開発内容:教材開発
教材:河川地形モデル実験装置

概要:米国のLittleRiverResearch&Designから販売されている、メラミン粒子(Color-CodedModelingMedia)を用いた卓上型流水の働きモデル実験装置を製作し、河川の蛇行の再現できるよう機能を持たせた。この実験装置はコンパクトで可搬「生のあるものである。
本装置では、実験開始80秒以内には実験槽内に蛇行河川が再現できる。河川の流路は実験中に左右にシフトをしながら変わる。氾濫平野で見られるような主な河川地形のうち、三日月湖(河跡湖)以外の地形が5分以内で再現され、しかも実験中(5分間)は流路変遷が続く。このように、授業時間中にモデル実験を通して沖積作用を学べるプログラムを開発した。指導法:2~3人のグループ実験とする。まず実験装置の機能(メラミン粒子の「平野」に通水させる)について説明した後、通水してできる河川の流路の形状を予想させ、発表させる。次に実験結果の観察とスケッチを行わせる。実験結果の記録後に、予想と結果の相違について発表をさせる。実践結果:実践したところすべての実験グループで蛇行流路が観察されたことから、蛇行流路の形成要因を推測させて、蛇行モデルの再現をするよう指示をした。グループごとにディスカッションを行わせた後に、予備実験を1回させた。その後、モデル実験を全員に向けてグループごとに実施させて、自分たちの考えで再現性があることを確かめさせた。

4-2 堆積学実習

テーマ名:「ファンデルタ形成のモデル実験」(開発
者:川村教ー)
開発内容:教材開発
教材:堆積モデル実験装罹
概要:可搬性のある堆積モデル実験装置を開発した。
実験装置は分解してコンパクトにまとめることができ、移動教室における使用が可能である。実験装置は、水深約10cmに水を張れる水槽と、約20度の傾斜をもつ板を基盤岩上面に見立てたものから構成される。板の高い位置から水とともに粗粒砂レベルの石英砂を流下させる。砂を含んだ水は、水面に到達したところで流速が減少するために堆積作用が卓越して、ファンデルタができるものである。
指導法:2~3人のグループ実験とする。まず実験装置の機能(傾斜した基盤岩上に砂が混じった水を流す)について説明した後、堆積地形の形成場所や形状を予想させ、発表させる。次に実験結果の観察とスケッチを行わせる。実験結果の記録後に、予想と結果の相違について発表をさせる。
実践結果:実践したところすべての実験グループでファンデルタが観察された。ファンデルタでは流路が左右にシフトし、流路の先端の水中にローブ状の堆積体が形成された。この堆積プロセスは生徒の予想とは全く異なるもので、実験によって自然事象を確かめることの璽要性を認識させることができた。

4-3 気象学実習

テーマ名:「大気の構造」(開発者:川村教一)
開発内容:教材開発
教材:気象庁高層気象データ
概要:上空の温度変化はどのようになっているか、中学校までの理科では学習することがないので、生徒は素朴概念として上空ほど低温になっていると予想していると思われ、成層圏の概念は持っていない可能性がある。私たちの暮らしに大きな影響を与える大気現象のほとんどは対流圏で起こっており、対流圏の概念を知ることは気象を理解するうえでの基本である。そこで、実際の気象観測データを気象庁のWebサイトから取得し、大気の温度分布グラフを作成する実習を開発した。
指導法:個人実習であり、インターネットに接続できる環境を設定したパソコンを用意した。まず、1月の大気の温度分布を予想したグラフを描かせた後、気象庁の裔層気象データのWebサイト(過去の気象データ検索(高層)、http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/upper/index.php)にアクセスさせて、生徒各自にデータを取得させ、Excelのワークシート上で大気の温度の鉛直変化のグラフを描かせた。同様にして、半年飢(暖候期)の同じ地点のデータを同様に取得させ、グラフのプロファイルを比較させた。最後に、温度変化の要因についての解説を行った。

4-4 海洋学実習

テーマ名:「海洋の構造」(開発者:川村教一)
開発内容:教材開発
教材:気象庁Argo計画リアルタイムデータベース
概要:海洋の温度の鉛直変化はどのようになっているか、中学校までの理科ではまったく学習することがないので、生徒は素朴概念として下方ほど低温になっていると予想していると思われ、表層混合層や躍層の概念は持っていない可能性がある。地球環境を考えるとき海洋の深層循環の知識は大切である。そこで、実際の海洋観測データ(Argoプロジェクトによる水温・塩分データ)を気象庁のWebサイト(http://ds.data.jma.go.jp/gmd/argo/data/indexJ.html)から取得し、海洋の温度分布グラフを作成する実習を開発した。
指導法:個人実習であり、インターネットに接続できる」巳色を設定したパソコンを1人l台用意した。まず、関東地方沖のある地点の10月(暖候期直後)の海水の温度の鉛直分布を予想したグラフを描かせた後、ArgoプロジェクトのWebサイトにアクセスさせて、生徒各自にデータを取得させ、データの書式について解説したのち、データから必要な項目を抽出してExcelのワークシート上で海水の温度の鉛直変化のグラフを描かせた。同様にして、約半年前(寒候期直後)の同じ地点のデータを同様に取得させ、グラフのプロファイルを比較させた。最後に、温度変化の要因についての解説を行った。